紫式部日記第48話行幸近くなりぬとて、
(原文)
行幸近くなりぬとて、殿の内をいよいよ繕ひ磨かせたまふ。
世におもしろき菊の根を尋ねつつ掘りてまゐる。
色々移ろひたるも、黄なるが見どころあるも、さまざまに植ゑたてたるも、朝霧の絶え間に見わたしたるは、げに老もしぞきぬべき心地するに、なぞや、まして思ふことのすこしもなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし若やぎて、常なき世をも過ぐしてまし、めでたきことおもしろきことを見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心のひくかたのみつよくてもの憂く、思はずに嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。
※行幸:若宮の実父、一条天皇の土御門殿への行幸。尚、道長の日記「御堂関白記」によると、9月25日に、天皇から発案があり、決まっていた。
※世におもしろき菊の根:世にもまたとない美しい菊の花の根。その根株を掘り取って移植した。
※色々移ろひたるも:白菊が寒さにより、花弁先端が鮮やかな紫色に変化したもの。
※げに老もしぞきぬべき心地する:菊は仙境の花で、不老長寿の効果があると思われていた。
※なのめ:人並、平凡。
(舞夢訳)
一条の帝の行幸が近くなり、道長様は、邸内をますます美しく飾り立てています。
美しい菊の花を探させ、根から掘り起こさせ、土御門邸の庭に移植なされます。
その中には、白から紫にとりどりに色が変化したもの、あるいは黄色一色で素晴らしいものもあります。
その他、植え方そのものに趣向を凝らしたものもあります。
それらが、朝霧の絶え間に見渡される風景は、実に「老いる」などというものは退散してしまう、と考えるべきなのですが、どうしてなのかわからないけれど、私自身はとてもそんな気分になれないのです。
そもそも、この私が、少しでも世間の人程度の物思いを抱えている人間であるならば、風流や雅に浮かれ騒ぎ、この無常の世をやり過ごすのでしょうけれど、とてもそうではないのですから。
たとえ、素晴らしいことや、素敵なことを見聞きするにしても、それ以上に、常に私の心の重しになっていることばかりに強く引きずられ、気は滅入りますし、面白いこともなく、出るのはため息ばかりで、それが本当に苦しいのです。
「色々移ろひたるも」からは、紫式部独特の長文。
少々、意訳を試みた。
要するに、若宮の出産を契機に、土御門殿は実に晴れがましく、幸福に満ちた状態。
そこに仕えている紫式部も、本来は、世間の人並に、心からの笑顔であるべきと、自覚している。
しかし、紫式部自身は、理由を明かしてはいないけれど、「そんな軽い性格の人間でもない」、「とてもそんな心理状態ではない、重い悩み事がある、苦しい」と書く。
その悩みを「出家遁世の願い」とする説は有力であるけれど、ではなぜ、出家遁世したいのか、を説明できる根拠も資料も残されていない。
道長に召し抱えられた経緯に、実は納得していなかったのか。
道長の「専横」とも言える強欲を、心よく思っていなかったのか。
それなのに、逆らえず、召し抱えられてしまった無力感なのか。
あるいは、女房仲間から、実は、苛めに遭っていたのか。
もともと、地味な性格で、超高級貴族屋敷の派手な生活に馴染めなかったのか。
あるいは実家に悩み事があって、実は道長邸での、務めどころではなかったのか。
実際のところは、あの世で、紫式部自身に聞くしかないかもしれない。
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