紫式部日記第111話

(原文)
師走の二十九日に参る。初めて参りしも今宵のことぞかし。いみじくも夢路にまどはれしかなと思ひ出づれば、こよなくたち馴れにけるも、うとましの身のほどやとおぼゆ。
 夜いたう更けにけり。御物忌みにおはしましければ、御前にも参らず、心細くてうち臥したるに、前なる人びとの、
 「内裏わたりはなほいとけはひことなりけり。里にては今は寝なましものを。さもいざとき沓のしげさかな。」
と色めかしく言ひゐたるを聞く。
  年暮れて わが世更け行く 風の音に 心の中の すさまじきかな
とぞ独りごたれし。

(舞夢訳)
(私邸から)師走の29日に再び宮中に参上しました。
かつて初めて参上したのも、師走の29日でした。
あの日は、全く夢の中を歩いているかのように、足が地についていなかったことを思い出します。その日のことを思い出すと、今の場慣れしてしまった自分自身が嫌でなりません。
夜がかなり更けてしまいました。
中宮様は御物忌みであられるので、内裏に戻ったご挨拶にも参上できず、私は一人で心細く寝ていました。
同じ部屋の女房達が
「内裏は、やはり私邸とは違います。私邸では今の時間は寝ているけれど、全く寝付けないくらいに、殿方の靴音が頻繁ですね」などと、色事をほのめかすような話をするのが耳に入ります。

年が暮れ、私の人生も、また一つ更けて行く。ここで風の音を聴いていると、私の心の中を寂しさが吹き抜けていく、と、独り言を言ってしまった。

「宮中の生活に慣れてしまった」ことは、本来中宮付き女房としては、「そうなるべきもの」であるけれど、引っ込み思案の紫式部は、それでさえ、「慣れてはならない、恥ずべきもの」と、自己批判までしてしまう。
「そこまで暗い性格なのか?」と察するけれど、「嫌なものは嫌」であって、馴染みたくないものは、馴染みたくないのである。

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