長恨歌(6)

黄埃散漫風蕭索 雲桟縈紆登剣閣
峨眉山下少人行 旌旗無光日色薄
蜀江水碧蜀山青 聖主朝朝暮暮情
行宮見月傷心色 夜雨聞鈴腸断声


黄色の砂埃が立ち込め、風は情のかけらもなく寒々と吹き荒れています。

遥か雲にも届くかと思うほどの曲がりくねった掛け橋を、巡り巡って剣閣山を逃げ登ります。

やっとたどり着いた蜀の国、峨眉山のふもとは、道行く人などはまさに少なく、天子の御旗でさえ、すでに何ら輝きもなく日の光もおぼろげでしかありません。

目に見える蜀の川の水は緑に、その山は青々としているものの、天子の心は 朝な夕なに 死を賜った楊貴妃の哀しげな面影ばかりが浮かびます。

行宮で月を見れば、楊貴妃と見たかつての美麗な月を思い心を痛め、雨の夜に鈴の音を聞けば、来るはずのない楊貴妃の訪れを偲び、天子の腸は断たれるほどの痛みと苦しみ、心は更なる悲嘆に沈むのです。

※雲桟:高いところにかかる桟道。「桟」は切り立った所に壁にへばりつくように作られた通路、蜀の山道には特有のもの。
※剣閣山:長安から蜀への道を塞ぐ山。古来、長安から蜀へ至る道は、「青天に昇るより難し(李白)」と言われ、険阻を極めたと言われている。
※峨眉山:蜀の象徴とも言える山
※行宮:仮の宮殿

○蜀の行宮で天子は死を賜った楊貴妃への想いで悲嘆に沈む生活を送ることになる。
○源氏物語「桐壷」:(桐壷更衣の死後)
「このごろ、明け暮れご覧ずる長恨歌の御絵、亭子院(宇多院)の描かせたまひて、伊勢、貫之に詠ませたまへる、大和の言の葉をも、唐土の詩をも、ただその筋をぞ枕言にせさせたまふ」
●亭子院(宇多院)が描かせた長恨歌絵は実在の品。

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