紫式部日記第51話その日、新しく造られたる舟どもさし寄せて御覧ず。

(原文)
その日、新しく造られたる舟どもさし寄せて御覧ず。
龍頭鷁首の生けるかたち思ひやられて、あざやかにうるはし。
行幸は辰の時と、まだ暁より人びとけさうじ心づかひす。
上達部の御座は西の対なれば、こなたは例のやうに騒がしうもあらず。
内侍の督の殿の御方に、なかなか人びとの装束なども、いみじうととのへたまふと聞こゆ。

※その日:一条天皇の行幸当日。寛弘5年10月16日。
※龍頭鷁首(れうとうげきしゅ)。龍頭(れうとう)は水を操る竜の頭、鷁首(げきしゅ)は風を受けてよく飛ぶ鳥の首。龍と鷁(げき)は、想像上の動物であり、水難除けのまじないとされた。それぞれの頭部をかたどった飾りを船首につけ、二艘一対の装飾船とする。楽船とする場合は、龍頭(れうとう)の船は唐楽、鷁首(げきしゅ)の船が高麗楽を受け持った。
※内侍の督の殿:道長の娘、中宮彰子の妹の硏子。当時15歳。西の対を常の御座所としていた。

(舞夢訳)
一条天皇の行幸当日になりました。
道長様は、新しく造られた船を、池の岸辺に寄させて、ご確認なされます。
船首に飾られた龍頭(れうとう)と鷁首(げきしゅ)は、まるで生きているかのような見事さで、美しさも格別です。
一条天皇のご到着は、辰の刻(午前8時)ということで、女房達は、まだ日が出る前から入念に化粧をして、心の準備をしています。
ただ、そうは申しましても、上達部の御席は西の対で、私たちがいる東の対は、いつもよりは落ち着いていて騒がしくはありません。
むしろ、内侍の督の御殿では、女房たちの衣装を素晴らしく整えている、との話です。

待ちに待った一条天皇の行幸当日。
土御門邸では、道長は贅を尽くして建造した船を最終見分、夜明け前から化粧に余念がない女房達や、雰囲気を記録している。
ここで、どれほどの経費がかかったのかわからないけれど、新しく造った船にしても、当時の最高の技術と素材を使った最高の「遊びのためだけ」の船。
庶民の視線からの羨望や批判は横に置き、その船を見てみたい、そんな気もして来る。

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