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紫式部日記第155話左衛門の内侍といふ人はべり

(原文)
左衛門の内侍といふ人はべり。あやしうすずろによからず思ひけるも、え知りはべらぬ心憂きしりうごとの多う聞こえはべりし。
 内裏の上の『源氏の物語』、人に読ませたまひつつ聞こしめしけるに、
 「この人は、日本紀をこそ読みたるべけれ。まことに才あるべし。」
と、のたまはせけるを、ふと推しはかりに、
 「いみじうなむ才がる。」
と殿上人などに言ひ散らして、「日本紀の御局」とぞつけたりける、いとをかしくぞはべる。この古里の女の前にてだにつつみはべるものを、さる所にて才さかし出ではべらむよ。

※左衛門の内侍:内裏女房。掌侍橘高子。

(舞夢訳)
左衛門の内侍という人がいます。
理由は知りませんが、この私をとにかく嫌っているようで、全く身に覚えのないような悪口を言い回っているらしく、それが私の耳にもたくさん聞こえて参りました。

そもそもは、一条の帝が「源氏物語」を女房に朗読をさせてお聞きになられた際に、
「この物語を書いた人は、おそらく日本書紀を読み込んでいると思いますよ、実に学識を持っている人だ」とおっしゃられたのを、左衛門の内侍が耳にしたのか、変な推量をして、「源氏物語を書いた人は、自分の学識をひどく自慢げにしている」と殿上人に言いふらし、この私に「日本紀の御局」というあだ名を付けたのです。
全くもって、馬鹿馬鹿しいことです。
そもそも私は、実家の女房の前でさえ、知識などは隠し続けているのです。
ましてや、内裏で、そんな知識など、見せるはずがないのです。

内裏の女房世界の怖さを感じさせる記述でもある。
「源氏物語の内容から、帝に褒められた」ことを逆手に取り、「紫式部は自慢げにしている」「紫式部は日本紀が偉いことを鼻に掛け、私たちより格上と思っている」まで言いふらしたのだろう。
「何とかして、自分のライバルを蹴落としたい」「評判を落としたい」そんな悪意を感じる。

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