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唄を知った灯台守
『唄を知った灯台守』
作画・原作 まかろんK
ノベライズ 望月 麻衣
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静かな波の音と共に、カナカナと鳴く蜩の声が耳に届く。
夕暮れの空、頬の撫でる風はほんの少し涼しさを孕んでいた。
夏も終わりに近付いているのだろう。
視線を横に向けると、白い灯台が見える。
この灯台はもうすぐ解体される予定で、今は中に入ることができない。
キュッ、と胸が締め付けられるように痛んだ。
――あれから二度目の夏、
私は今もあなたを想う。
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――2年前。
私は祖母の家に遊びに来ていた。
海辺にある祖母の田舎は、坂の上の白い灯台とそこからパノラマに広がる海の景色が美しい。
年の近い親戚がいない私は、毎日のようにスケッチブックを手に坂の上へと向かっていた。
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今日も坂の上から望む景色は素晴らしい。
空と海の境界線に入道雲が浮かび、ウミネコが飛び交っている。瞬きも惜しい気持ちで懸命にスケッチをしていると強い風が吹いて、私の帽子が海へと飛んでいきそうになった。
「あっ」
その時、誰かが、背後から駆けてきて、私の帽子をつかんだ。
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「間に合って良かった。どうぞ」
私の目の前に突然現れた青年は、そう言って私に帽子を差し出す。
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彼の陽に透けた赤い髪と笑顔がとても眩しく、私は礼の言葉も言えずに、ただ見惚れてしまった……
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それじゃあ、と彼は私に背を向けて、すぐに見えなくなってしまった。
「ちゃんと、お礼を言えなかったな……」
気が付くと、陽が西へと傾いている。
またここに来たら、私は彼に会えるのだろうか?
――翌日。
ドキドキしながら坂の上へ行って、スケッチをしていると、
「こんにちは。今日は帽子をかぶっていないんだね」
と、彼が現れて、私の顔を覗き込むようにして言う。
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陽の光に当たった彼の赤毛と整った顔立ちが間近に見えて、胸が高鳴る。
「あの、昨日はありがとうございました」
緊張しながら頭を下げると、いいよ、そんなこと、と彼は微笑んだ。
「俺は、林田清一郎。君は?」
「わ、私は今江真白です」
「真白さん。素敵な名前だね」
そう言うと彼は、私の手元に目を向けた。
「絵を描いているんだ?」
「あっ、はい」
「それじゃあ、いいところがあるよ。君に見せたい場所があるんだ」
こっち、と彼は軽い足取りで灯台に近付き、中へと続く扉を開けた。
「えっ、入ってもいいんですか?」
「うん、大丈夫だよ。俺は灯台守なんだ」
と、彼は、戸惑う私の手を取った。
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薄暗い階段を上っていく。
少しの不安は、彼の手から伝わる優しいぬくもりが、掻き消した。
そのかわり、ドキドキと心臓が五月蠅い。
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「ここは秘密で特別な場所」
彼はそう言いながら、最後のはしごをのぼった。
「わぁ、綺麗……」
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灯台の上から眺めた景色は、何もかもが輝いて見えて、胸が詰まるほどに美しかった。
二年後に取り壊しが決まった廃灯台。
ずっとこの海を見守ってきた灯台は、今何を思うのだろう……
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私はこの景色をしっかりと目に焼き付けたいと、瞬きも惜しい気持ちで景色を見ていた。
それから、私は毎日のように海へと行くようになった。
ある日私が、音楽を聴いていると、彼がやってきて不思議そうに耳に人差し指を当てた。
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「それはなに?」
「それは……って」
きっと、何を聴いているのかと訊ねているだろう。
私は片耳からイヤホンを抜いてハンカチで拭い、どうぞ、と、彼の耳に入れる。
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彼は音楽を耳にするなり、大きく目を見開いて、口に手を当てた。
すごい……、と静かに洩らす。
私は得意になって、素敵でしょうと、微笑んだ。
「楽曲もボーカルも透明感があって、大好きなの」
そう言って彼の方を見ると、彼は涙を流していた。
「!」
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私は話すのをやめて、涙に気付かぬように空を仰ぐ。
彼は私が大好きな曲を気に入ってくれたようで、何度も何度も繰り返し聴いていた。
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空が暗くなっても、嬉しそうに音楽に身を委ねている
それがなんだか嬉しくて、私は黙って側にいた。
*
――お互いに名前しか知らない。
けれど、そんな事はどうでも良いほど自然に、まるで運命のように。
気がつけば灯台で一緒に過ごす時間が増えていった。
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私は絵を描いて、彼はよく小説を書いていた。
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「真白の絵、すごく好きだな。将来は画家に?」
「まさか!……私なんて無理だよ」
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「どうして、無理なんて言うんだろう? なんでも叶えられる世界にいるのに」
彼の言葉に、私は「えっ」と訊き返す。
「望んで、努力したらなんでもなれるよ。こんな小さな機械から音楽が流れてくる時代なんだから」
そう言うと、彼は曲合わせて歌い出す。
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彼の歌声はとても心地良くて、私も一緒に歌を口ずさんだ。
毎日楽しかった。
心から笑えたかけがえのない時間……
いつまでも続けばいいと思っていた。
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だけど、あなたは突然来なくなってしまった。
私は、一日中、坂の上で彼を待った。
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だけど、彼が現われることはなかった。
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今日こそは、今日こそは、と私はまた灯台に来てしまう……
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そうして、夏の終わり。
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私は明日、家に帰らなくてはならない。
もう会えない、そう思ってた。
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それなのに、私の足は灯台へと向かう。
何遍歩いただろう。
いつもの砂利の坂道を歩く。
細い道の先、灯台の下に人のシルエットが見える。
西日の逆光で、よく見えない。
けれど、心臓がばくばくと音を立てていた。
赤く光る髪、優しい微笑み。
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――彼、だった。
「真白……」
頭が真っ白になった中、私は夢中で駆け出す。
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「清一郎さん!」
彼は、飛び込んだ私の体を強く抱き締めてくれた。
ようやく会えた。
嬉しくて、愛しくて、胸が熱い。
会えて良かった、と彼は私の髪を撫でる。
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「だけど、ごめん。僕たちが会えるのはこれが最後になる」
と彼は続ける。
どうして? と戸惑う私の手の中に、彼は小さな鍵を置いた。
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「これは……?」
「灯台の中の操作盤の鍵」
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「その中に、もしまだ箱があれば、それは僕の生きた証だから、君に受け取って欲しい」
彼は私の体を再び抱き寄せて、私の額にそっと額を当てた。
互いの鼻先触れて、なんだかくすぐったくて笑いたいのに、ぽろぽろと涙が零れる。
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ありがとう、さようなら。
そう言うと、使われていないはずの灯台が光を放ち、彼は消えてしまった。
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どういうことなのか、分からない。
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少し前まで、私を抱き締めてくれていたのに、彼のぬくもりが、まだ残っているのに。
彼は、光に溶けるように消えてしまった。
まるで、すべてが夢だったように。
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一人になった私は、感情も追いつかないまま、灯台の中へ。
彼が告げた場所へ向かう。
操作盤の中にあったのは、古い木箱。
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「え……?」
あなたが残したこの鍵が、長い年月の扉を開け私に真実を伝えた。
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昭和十二年七月という文字がまず目に入る。
そこにあったのは書き上げられた彼の小説と古い写真。
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「清一郎さん……?」
写真に写っていたのは、間違いなく彼だった。
そして、見つけたのは、写真の下にあった彼からの言葉――。
未来を生きる君へ。
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君の時代の灯台は、間も無くその役目を終えるようだ。
そうなれば
僕はもう、君のもとへは行けない。
この奇跡が終わる前に、僕は君に言葉を残したい。
僕がいたという事を。
君に出会えて僕の世界がどれだけ音と色で溢れたかを。
初めて君と出会えた日のことを今も鮮明に覚えている。
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灯室で日課の作業をしていると突然灯台が強く光り出し、僕はその光にのまれて気を失ったんだ。
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目を覚まし外を見ると、とても穏やかで平和な光景の中に君がいたんだ。
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看板の日付でここが未来だと知った時、夢かと思った。
たとえ夢でもこんな未来があることが嬉しかった……。
なぜ僕が君の時代に来られたのかは分からない。
あの夏の間、灯台は過去と未来をつないでくれていた。
――真白。
あの短い夏、扉が閉じてしまうまで、僕はずっと浮かれていたと思う。
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僕はこの奇跡が終わる前に、君に言葉を残したいと思った。
僕がいたという事を。
君に出会えて僕の世界がどれだけ音と色で溢れたかを。
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君を想って綴った物語がようやく完成した。
何十年の時を得て君の時代に届くのか……
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これは僕の賭けだった。
君がこれを手にする時、僕がものすごく長生きしていたら会えるのかな?
どうか、どうか。
最後にもう一度だけ会いたいと扉を開く。
祈りが届いたのか、再び未来への扉が開いたんだ。
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君ともう一度、会うことができて嬉しかった。
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君を僕の時代へ連れて帰りたい。
僕がこのまま君の時代を生きていきたい。
だけど、それは叶うことがないと本能が知っていた。
「君に出会えて僕の世界は変わったんだ。心が踊ることも涙が美しいことも、全部君が教えてくれた。真白ありがとう。さようなら」
原稿用紙には、そんな彼からの言葉、想いが綴られていた。
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すべてが腑に落ちた。
彼は過去からやってきたのだ。
過去を生きたあなたは、確かに私と共にいた……。
だけど、もう一緒に過ごすことができない。
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その日、私は声が枯れるまで、涙を流し続けた。
*
――あれから二度目の夏。
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私は再び、坂の上を訪れた。
ここからの景色は、変わらずに美しい。
あの頃の気持ちが私の胸をキュッと締め付ける。
「私は、今もあなたを想っているよ」
と、口に出してつぶやく。
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ここに来たのは、灯台が取り壊される前に一目見たかったのと、
もうひとつ。
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私は胸に抱いていた本に目を落とす。
『唄を知った灯台守』
作:林田清一郎/絵:ましろ
私はイラストレーターとなり、彼の作品を本にすることができた。
私の描く絵なんて、とずっと自分の可能性に蓋をしてきた。
だけど、彼は言ってくれたのだ。
『どうして、無理なんて言うんだろう? なんでも叶えられる世界にいるのに』
『望んで、努力したらなんでもなれるよ』と――。
私は一心不乱に彼の小説に合わせたイラストを描き、完成後WEBに掲載した。
それが評判となり、出版の声がかかったのだ。
『林田清一郎』はもう故人であるため、本の印税はすべて寄付する契約にしている。
「これで、ようやく、言えるかな……」
あの時、彼に「さよなら」と言われたのに、私は別れの言葉を口にできなかった。
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さようなら
――灯台と、私の愛する人。
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だけど――、と思う。
こんな奇跡があったのだ。
私はまた夢を見てしまう。
生まれ変わった先の遠い未来でいい。
私はまた、あなたに会いたい。
私は、あなたに直接伝えたい言葉があった。
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夢を追うことを
そして恋を教えてくれて、ありがとう。
~Fin~
『唄を知った灯台守』
作画・原作 まかろんK
https://r.goope.jp/macaronk/
ノベライズ 望月 麻衣
※この作品は、Xに投稿していたまかろんKさんのイラストショートストーリーに感銘を受け、まかろんKさんのご許可を得て、ノベライズさせていただいたものです。
まかろんKさんの文章はほぼそのまま残したうえで、加筆させていただいたのと、ノベライズ用に一部、シーンの入れ替えをしています。
(すべてご許可と確認を取っております)
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