パイオニア
2011年春。
こうもりあそびばが現在の場所に移転して最初に現れたのが、当時小学校6年生のコージだった。
ちょっとふくよかで優しそうな彼は、私が一人で絵を描いている時にやってきた。
「ここはなんですか。何してるんですか」
自転車にまたがったまま、笑顔でそう訊ねてきた。
「絵を描きよーとよ」
好奇心旺盛な彼は、すぐにこのヘンテコな場所に興味を持った。
翌日からコージは毎日のようにやって来た。しばしばクラスメイトも引き連れて。
木工好きなヨウスケ、サッカー少年のミネオ、眼鏡の似合う秀才風なマサトなど、当時来ていたメンバーはみんなコージに聞いてやってきた小6男子だ。
おっとりしたコージは、グループのリーダーというタイプではない。
それでも、コージが来たことをきっかけに、こうもりあそびばはすぐに小6男子グループのたまり場になった。
工作したり、卓球したり、ラクガキをしたり、バドミントンしたり、カードゲームをしたり、看板を作ったり、ダンボールで家を作ったり。
その日その日に思いつく遊びをしたし、ただおやつを食べる場所として集まることもあった。
私のことを「さとちゃん」と名付けたのは、ヨウスケだった。
移転前に「こうもり」と呼ばれていたことは伝えたが、彼らは自分たちだけの呼び方を考え始めた。
「じゃあ、下の名前はなんて言うと?」
「さとし」
「さとし…か。じゃあ、さとちゃんで良くね?さとちゃんって呼ぶ人他にいる?」
「うーん、いないなぁ」
そうして「さとちゃん」という私の呼び名は決定した。
彼ら小6男子グループは、時にやんちゃっぷりを発揮した。
引っ越してきたばかりの私は、移転後のこの環境がどの程度までその「やんちゃっぷり」を許容してくれるのか、いつもハラハラしていた。
実際、私が近所の方からお叱りを受けてしまうこともあった。
いつか「こうもりあそびば」の試み自体がダメと言われてしまうんじゃないかという恐れと、遊びを過剰に規制したくないという思いとが常に葛藤していた。
でも、私が悩みながらも何かを伝えると、彼らは意外なほど素直に応じてくれたし、時には一緒に考えてもくれた。
彼らにとっても、この場所がどこまで自分たちを許容してくれるのか、探り探りだったのだろう。
ある時、コージたちのクラスメイト、アイは言った。
「(コージたちにとって)ここはオアシスよ。」
コージたちは学校ではむしろ大人しいほうなのだという。
ここは彼らがやんちゃに過ごせる数少ない場所だったのかもしれない。
彼らはすっかり常連のメンバーになった。
しかし、数カ月も経つと、彼らはこうもりあそびばに来ることがめっきり少なくなった。
理由ははっきりしていた。
ヨウスケは私によく言った。
「さとちゃん、なんで他の人にここを教えると?ここに他の子を入れんで!」
その頃には、コージたちのグループ以外の子もよく集まるようになっていた。
コージたちが遊んでいるからこそ、通りすがりに多くの子がここに興味を持ってくれたのだ。
でも、 コージたちにとって、ここは秘密の基地だった。
時に「うちのクラスで、さとちゃん話題よ」などと言いつつも、場所は他の子には教えないと言っていた。
この場所の存在が他の子どもに広まってしまうことは、彼らにとっては面白くなかったのだろう。
やがて彼らの来る頻度は少なくなり、中学に上がると、すっかり来ることもなくなってしまった。
彼らはまさにこの場所のパイオニアだった。特に私は、生態学で言うところの「パイオニア」という言葉が浮かぶ。
パイオニアとは災害などで裸地となった環境に最初に生えてくる植物のことだ。
パイオニアの植物は、栄養の少ない土地に最初に侵入し、根を張り、光合成に行い、定着する。成長したパイオニアの落葉等は微生物に分解され、土壌を形成する。
そして土壌が豊かになるにつれ、やがてはパイオニア以外の植物が生えるようになる。植物遷移が次の段階へと進み、当初のパイオニアの植物はいなくなってしまう。
つまり、後に生える多くの植物が育つための基礎を作ってくれるのが、パイオニアなのである。
それはしばしば「雑草」と呼ばれる植物でもある。
コージたちはまず、ここが楽しい場所だということを、自分たちの存在によって示してくれていた。
また、こうもりあそびばでは明文化こそしないものの、この住宅地の小さな場所で遊ぶための必要最低限のルールがある。そのルールのほとんどは、コージたちがいた時期に生まれてきたものだ。
彼らだけの居場所にはならなかったけれど、パイオニアであるコージたちの存在が、今のこうもりあそびばを支える土壌を作ってくれたのだ。
※私以外の登場人物はすべて仮名です。
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