見出し画像

いつか別れが来るんなら、いっそ出会わなければよかった

愛猫・ハチが星になった。

小5の夏休み明け、通学路で拾って来た雑種の猫だ。
片手にすっぽりと収まるくらいの大きさだったので、多分生まれて間も無かったと推測できる。

あれからおよそ18年、ハチは18歳を目前にしていた。
あの日11歳になりたてだった自分はというと、間も無く30歳を迎えようとしている。

そう考えると随分長い時間一緒にいてくれた。猫の平均年齢からすると立派な大往生なんじゃないか。
生後数日だったハチはおじいさんになり、小学生だった自分はもう言い訳の通用しないようないい歳の大人になった。
動物の一生は短いと言うが、その中にも確実に自分とハチそれぞれの人生の密度を感じる。その粒度はとても細かい。だから自分には自ずととても長くて尊い時間だったと感じられる。

2005.9


晩年は病気と闘っていたが、高齢であるため身体への負担を考え延命治療は行わなかった。
緩和ケアに重点を置き、特に最期の数日間は、家族で唯一在宅で働く自分が、仕事の傍ら面倒を見つつ(自分で食事や排泄を行うことが困難になっていたので)、毎日1日1〜2回緩和処置のため動物病院へ連れて行くことが日課となっていた。

子供の頃こそ一緒に暮らしていたものの、両親が離婚してからは親の新しい家庭へハチが引き取られたため、自分はハチと生涯常に一緒にいられたわけではない。疎遠な時期も確かにあった。
が、最期の数日感は一緒にいることができた。そのことは自分にとって大きな救いだった。あれは最後に天からプレゼントされた時間だったと思っている(何よりペットの面倒で度々離席することへ最大限の理解を示してくれた職場へは、感謝が尽きない)。

最期の日の夕方、自分は直感的にハチとの別れを察した。多分今日でお別れするんだろうと、すっかり痩せ細り骨張ったハチを撫でながら覚悟した。
それで、離れたところに住む妹を呼んだところ、ハチは妹が到着するのを待って息を引き取った。
どこまでも人間に気を遣う奴だな、と切なくなった。

ハチは最期の瞬間自分の腕の中にいた。
よく、猫は本能から死期が近づくと静かな場所に隠れようとする、という話を聞く。
だからこれは単なる人間のエゴかもしれないが、自分の手で拾って来たハチを最期自分の手の中で看取ることができて良かったと思っている。

その晩自分は珍しく一睡もできなかった。
深夜、真っ暗な部屋で体育座りして、ずっとハチの亡き骸を撫で続けた。腐敗を防ぐ為に身体の周りに保冷剤を敷き詰められる姿を眺めながら、徐々に冷たく硬くなっていく身体を触りながら、ああ、本当に死んじゃったんだなあと実感する。
泣きたい気分にはなるが、不思議と涙は出ない。この数日間覚悟していたからなのだろうか。いや、生前いつも面白可笑しくじゃれていたハチに、しょげた姿を見られたくなかったのかもしれない。
ハチは自分にとって、親友、相棒という言葉がピッタリハマるような存在だった。

翌日荼毘に付すとき、最後のひとつである喉仏の骨を自らの手で骨壷に納める瞬間、18年前の出会ったあの日からの日々が走馬灯のようにものの2秒で逆再生され、ハチの人生の重み、あの時はまだ知らなかった動物を飼うということの責任感がドシンと胸の中に響いた。
骨壷の蓋が閉まる音と、ひとつの人生の終わりが自分の中で確かにリンクした。

友達のパンクバンド、ナックルチワワ に「PET CAT」という曲がある。
その歌詞に「いつか別れが来るんなら、いっそ出会わなければよかった」とある。
そしてその後こう続く。
「それでも会いに来るんなら、命を懸けて歌うよ」

そう、その通り。
こんな日が来て、こんなに悲しい思いをするなら出会わなければよかった。
それでもハチはあの日、偶然か運命か奇跡か、11歳の自分に会いに来てくれたのだ。
何故死んでしまったの、ではなく、生まれて来てくれてありがとう、なのだ。
ハチとの日々も、言ってしまえばハチとの別れでさえも、自分の糧にしなければならない。

(恥ずかしいが、死の数日前、ハチの死を覚悟しながらこの曲を聴いたら号泣してしまった。)

生まれ変わったらまた一緒になろうぜ。愛してるよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?