今日の隣人Vol.3

今日は、行きつけの日本酒酒蔵でお隣になったHさん。お仕事はもう引退されているそうだ。お仕事をしておられる頃は、建物の設備点検をされていたとか。毎日世の中のいろんな施設に仕事に行くので、一般的な企業勤めでは想像が難しいほど世の中のリアルな人々の生活を見てきたと仰っていた。

私が特に気に入ったのは、幼稚園に点検に行ったときのお話だった。設備点検なので、子どもたちと触れ合う時間はその日限りだ。しかし子どもたちは「おっちゃん、また明日も来る?」と声をかけてくれたそうだ。「また、半年後な。」と答えたHさんは当時どんな心持ちだったのだろう。

私たちは、学校や会社の清掃や点検をしてくださっている人たちに「おはようございます」とか「ありがとう」とか声をかけているだろうか。大人になると、仕事は仕事だ、と人と人のコミュニケーションを忘れてしまうことが多い。

山籠りなどして暮らさない限り、現代は社会に属さず生きることはできない。いや、もう実際には人間社会を完全に除外して生きることは誰にもできないだろう。人間は地球の端から端まで、グローバルという言葉で囲んで、持続可能な社会を達成するためにSDGsというものを掲げるに至っている。人間が増えすぎて、その生命を維持するためのエネルギー資源を考えなしに消費していては、もう社会が保たない段階に来ているのだ。そんな時代に、私だけは関係ないと好き勝手やらせてもらうのは、難しいことになってきている。

つまり、生きる限り社会に属することが不可欠であり、その社会の実体は人と人とのコミュニケーションである。逆にいうと、人と人とのコミュニケーションの集まりが人間社会と言えるだろう。

しかし、大家族の時代が去り、核家族の時代になり、さらにはひとり暮らしが非常に多い時代になっている。直接のコミュニケーションは、オンラインの発達により、どんどん減らすことができるようになっている。人と人とのコミュニケーションは、形を変え、これまでの常識との違いから問題も起こってきている。


Hさんとは、お酒を飲みながら色々話した。あたりの歴史や、どこのお店がいいお店か、世の中の動きやそれに応じた株の動きなど、知らない世界をたくさん教えてもらった。直接会ったから、初対面にも関わらず、自分が全く知らなかった世界に出会えたのだ。おじさん、侮れないなという想いと共に、何か温かいものを貰って家に帰ることができた。隣人の人生には、輝くストーリーと学びが眠っている。

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