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40歳の入口に谷川俊太郎を想う

40歳になった。

20代はとにかく技術を身につけ、思いっきり仕事をした10年だった。29歳で息子が生まれてすぐ突入した30代は20代で身につけた技術を最大限活かして、なかった道を自分の力で切り拓いてきた10年だった。いろんな団体を立ち上げ、日常の合間に仕事を入れ込み、子どもたちと生きることで価値観もずいぶんと変わってきた。そしてここから始まる40代。楽しみで仕方がない。

「誕生日大全」という本の私の誕生日のページには「支配星であるふたご座の影響で、頭の回転が速く、言葉を巧みに操り、その言語能力の高さを会話、あるいは執筆で人々に印象づけます」とあった。だからというわけではないけれど、どんな仕事をしていても「私は言葉を使う仕事をしている」というのを意識してきた。そんな中、30代の最後の1ヶ月で出逢ったのが谷川俊太郎だった。

といっても本人にお会いしたわけではない。もちろん彼の作品を初めて読んだというわけでもない。ただ、清須市はるひ美術館で「谷川俊太郎⭐︎絵本百貨店」があるというのをきっかけに番組で特集を組むことになり、なんとなく今きちんと彼の作品と向き合っておきたくてデビュー作からインタビューまでたくさん読んだ。そこからだった。彼のすごさに今更ながら出会ってしまった。それはピカソのことは知っていたけれど、ピカソの本当の凄さに気づいてしまった人のような感動だった。

例えば娘と一緒に何度も読んだ「もこもこもこ」なぜあんなに赤ちゃんにウケるのだろうと思っていたら、インタビューにはこんな風にあった。

人間の年齢をイメージするときに、右肩あがりのグラフではなく、木の年輪のイメージが一番近いと思っているんです。年輪の中心には生まれた時の自分がいて、まわりに3歳、5歳、一番外側に今現在の自分がいる。そう考えると、どんな大人の中にも幼児がいるはず、青年もいるはず。年齢は進むものではなく、重層的に加算していくものと考えた方が、現実に近いと思う。で、我々絵や詩の商売は自分の中にある幼年時代みたいなものをわりと解放できるんですよ。

MOE2022年1月号より

その「声」に合うのは日常で使っている意味伝達のことばではなく、おかあさんがあかちゃんをあやすような、意味を超えた、愛情のかたちとしてのことばがいいとぼくは思っています。そういう声のもっているやわらかさやあたたかさが、あかちゃんにとってはすごく大事だと思うので、絵本をつくるときにも、そういうスキンシップ的な「声」をもったことばにしたいと思っています。(中略)あかちゃんに共感してもらえるベースがあって、さらに一歩新しい世界になるような絵本をつくりたいですね。 

月刊「クーヨン」より

私も小学生向け、企業向け、年配の方向けの講演会ではそれぞれ話し方や言葉を変えてきたけれど、そんな比ではない。赤ちゃんまでも共感させるその領域に、ここから入っていきたいなぁ。

そして彼はいろんなインタビューで「詩は音楽に憧れる」ということを語っていた。どうしても言葉には「意味」というものがつきまとう。その意味をどうにかして消したい。消し去ることは無理なんだけど、少し変えることは語と語の関係でできる。手触り、のようなものを作り出したい、と。思い出したのは子どもたちも大好きな「ことばあそびうた」だった。この作品に関してはこんなふうに語っていた。

日本語全体として見た時に、やっぱりこの作品は目立つんじゃないかと思うのね。他の現代詩と全然違うじゃない。詩人なんてどこにもいなくて、工芸品みたいに成立できているところが、僕はうれしいんですけどね。

MOE2022年1月号より

また、子どもの頃から物語絵本というのは苦手だったという谷川さんが生み出した「認識絵本」という言葉。図鑑的なものや人文学的なもの、科学的なものなどをわかりやすく伝えるこの「認識絵本」を作りだした時の話も素敵だった。

1966年に生まれて初めてヨーロッパに行って、あちこちの美術館を訪ねたときのことです。その中で、ぼくが最も感動したのが、フェルメールの絵だったんです。日本で複製を見ているときにはそれほどでもなかったんだけど、オランダの美術館で実際の絵を見た時には複製では見られなかった何ものかをその絵に発見してびっくりしちゃったわけです。(中略)そこに置かれてあるものにしろ、全部、ふつうの絨毯とかテーブルとか窓なんだけれども、それらがとても写実的に描かれていながら、絵の中で、永遠性としかいいようのないものになっているんです。(中略)そういうものを、詩の世界でやってみたいと思って、コップの散文詩を書いてみたんです。(中略)この頃、こどもの本をつくっていてすごく感じることは、今まで我々はまがりなりにも自分たちがつくってきた文明世界みたいなものに、ある程度自信があって、これから次の世代の子どもたちにこういうものを教えていこう、あるいは残していこうという意識が強かったと思うんです。そういう場合には、できあがった知識の初歩的な部分を子どもたちに与えていくだけで、ある程度絵本というものは成立した。でも、最近は我々がつくってきた世界そのものが問われている、我々が信じてきた価値というものが疑われるような時代になってきたわけでしょう。そういうときに必要なのは出来上がったものを子どもに与えるだけじゃなくて、我々も迷っているけれど、こうなった方が正しいんじゃないかと思っている方向に向かって、子どもの想像力を喚起してやるということしかないんじゃないかという気がしているんです。

日本では科学というのは科学知識と同じように考えられがちですけど、科学というのはものの見方、世界の感じ方だろうと思うんです。だから、百科事典的に出来上がったものを与えるんじゃなくて、子どもも一緒に巻き込んで考えていくという絵本のつくり方が必要だと思います。

絵本⭐︎百貨典 谷川俊太郎より

このインタビューを読んで、すぐ買ってきた「こっぷ」。そして、先に挙げた「ことばあそびうた」はどちらも谷川さんが40代の時に書いた作品だった。他にも、マザーグースの翻訳も、もこもこもこも、40代の頃。

そのことを39歳の最後に知ったことは大きかった。そんな作品を生み出したい。「言葉」というものをもっと研究して、分解して、実験して、味わって、もっと極めたい。

そこまできたとき、夫が言った。
「いつも難しいこと考えてるね。」
いや、私の頭の中は声に出してはいなかったのだけど。

夫からの今年の誕生日プレゼントはウクレレだった。いつも入りまくった肩の力をこの人が抜いてくれる。大きくなりすぎた頭をふっと軽くしてくれる。10年経ったけど、本当にあなたと結婚してよかったと思ってるよ!ウクレレを弾きながら、軽やかに、楽しく、言葉の可能性を探り、また新しい世界を切り拓いていきたいな。

今日からまた新しい旅のはじまり。



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