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東京バレエ団「ジゼル」感想 [けなし愛編]

 カップルのイチャイチャに有名バレエ曲を盛り込み、飛び道具を使って男女のいざこざに人間模様の本質を見るという壮大化された作品。

 井田の指揮によりゴジラの登場のような音楽で始まったジゼルは、何にでも豹変できる秋元、秋山の手法によりわかりやすい悲劇の怪力劇に仕立て上げられた。コロナ対策のため長蛇の密列となった観客の熱気と共に、霊の精気が化学反応を起こして共分散し大拍手とスタンディング拍手の竜巻を起こしたのだった。

 登場してからしばらくは純朴なカップルのイチャイチャ劇を見せつけられる。彼女のためなら花びら1枚くらい何のその。つじつまを合わせて成功した花占いに喜び、単純カップルは踊りに興じる。

 特に怪力なペザントは見物。毎度効果音を付ける井田勝大により農村の人々はまたたくまに猛々しさと野蛮と粗野を持ち合わせる村人に仕立て上げられた。爪先の伸びきらない大足でバタバタと地面を踏みしめる男衆、ちまちま歩くように纏足を施された村娘たちはそれは見事なぶつかり劇を進行させる。その後、猛り狂った農民たちは、ある娘の命を奪った貴族に対して一揆を起こすため会合を開いた模様。我々はその結末を知ることはできない。

 振り乱れる髪の毛に幾重にもデフォルメされた音楽が流れる狂乱の場面。嗚呼!美しき娘の哀れな最期たるや!彼女の乱れた遺骸の前で純朴な青年の狂気の沙汰。身分など関係のない、ひたすら恋に盲目になった者の迎える結末はむごたらしい。

 続く第2幕ではofficial髭ダンディズムが登場し観客をサディストの道へといざなう構図になっている。ミストレスによってセクシー美女軍団に生まれ変わったコールドは、禁断の園に足を踏み入れた髭ダンディズムのメンバーをこれでもかとお仕置きする。彼はとち狂った貴族の身分を明かすという正義を実行しただけなのになぜこのような仕打ちを受けなければならないのか。実は彼はマゾヒストだったのである。地を這い身もだえ苦しむイケメンマッチョに観客の女性は虜になること間違いなし。自分はサディストだったのかと勘違いする者続出。

 もう一人のofficialダンディズムは細くしなやかな脚線美と鋭い横顔を見せつけ、お仕置きされる。美形が美形をいじめるBLものはよくあるが、美女が美形を2人もお仕置きする構図もそそられる。彼は髭が生えていなかったおかげで運良く朝の鐘を聞くことができ、さらには生前愛を誓った女の霊に救われる。イケメンに生まれるとはなんと得なことか。観客は皆イケメンの人生に思いを馳せる。

 セクシー美女軍団は見事に揃いそろった人非人である。女は何と言っても首と脚。別に誰じゃなくちゃいけないとかない。誰でも良い。首と脚があれば。あの揃い用は見事である。一見の価値あり。

 東京交響楽団はこれでもかと、ソロに書き換えられた譜面を演奏し団員一人一人の技量の高さを誇った。しかし指揮者の手にかかると、あっという間に効果音付けピッチの悪いブンチャカ軍団と成り果てた。踊りは音楽に対する印象を決めるものではないため、踊りに見入れば音楽が邪魔をすることがない。井田はそれを悔しくも大いに理解し、効果音を大きくすることで少しでも観客の陶酔に入り込もうとしているのだ。

 最後、愛を誓った女は形見を残し、だがその花を置いて青年は天を振り仰ぐ。彼には農民が汗水垂らしてぶどうを作る苦労などわからないであろう。きっと彼は一生苦を背負って生きる羽目になる。過ぎ去った青春はあまりにも早く、そして容赦なく、彼は一気に年を取った。