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切れる包丁

 切れ味の鋭いことでは他の追随を許さないわたしが、切れ味の悪い包丁を使い続けているのだから世も末だ。

 一人暮らしをはじめて20年近くになるが、鍋とかフライパンとかは何度か買い換えたのに、包丁は買い換えたことがない。

 包丁を買うと言うことをいままで考えたこともなかったのだ。今あるものはずっと使っているものだ。昔流行った、切ったモノが刃にくっつかない穴あきの。そこと安さに惹かれて買ったので、切れ味なんて二の次だ。というか、その頃は包丁なんてどれ買ったって同じだと思ってた。

 ところが、ある時、テレビで美貌の人気女優がネギをものすごい速さできざんでいたのだ。手際がとてもいい。

 ずるい。

 と思った。あんなキレイで、女優としても成功してて。でも家事は苦手なんですって言ってくれたならこちらはほっとするのに、なんでも出来ちゃうなんて、そんなの、キレイでもなく成功もしていないわたしが料理もできなかったらもうぜんぜんダメってことじゃん。

 そうだ、包丁を買おう。

 その時そう思った。あの女優が使っているような、切れ味のいい包丁を買おう。そして、わたしだってあんな風にネギをきざめるようになるのだ。

 ちゃんとした包丁を買うにはやっぱり専門店か百貨店だと思うけど、そのときわたしは寝具も見たかったので百貨店に行くことにした。台所用品売り場で、包丁は鍵付きのショーケースで売られていた。そばには専門スタッフのお兄さんがいて、気軽には見づらい。

 そばに寄ってケースの中を見てみる。いろんな種類の包丁が並んでいるがいったいどんなものを買えばいいんだろう・・・とモジモジしていると、スタッフのお兄さんが「迷われているのなら、最初は三徳か牛刀がいいですよ」と教えてくれた。

 三徳?牛刀?なんのこっちゃ。

 今まで包丁に無関心すぎたのだわたしは。包丁の種類なんてわからない。なんだか恥ずかしくなって、そばに置いてあった包丁の説明書きチラシをもらってそっとその場を離れた。お兄さん、ごめんなさい。

 家に戻ってからチラシを見て包丁の種類を知った。まず包丁には和包丁と洋包丁があって、それぞれにまた細かく種類がある。三徳や牛刀は、わりと広い素材を切ることができるオールマイティな包丁のようだ。魚を切るときは出刃、野菜を切るときは菜切か。

 そして、しばらく経って出直した。だけど行ったのは百貨店じゃなくて大きな台所用品コーナーがある大型スーパー。やっぱり対面だとわたしは緊張してしまうので。

 包丁が並んでいる場所まで行って、じっくり見て悩む。そこで目に付いたのは、柄の部分が刃と一体になった、いわゆるシームレスのステンレス三徳だった。そういえば家にある古い包丁は、柄の部分に継ぎ目があるから雑菌がたまりやすいつくりだ。比べてこの一体型は清潔に保てていいなと思い、やっと購入に至った。

 買ったのは関孫六という名の包丁。善し悪しはわからないけれども、わたしにとっては、新しい包丁を買ったということが大きな進歩だった。早速野菜を切ってみる。切れる切れる。切れすぎるのはちょっと怖いが、そこは慣れ。包丁が新しくなったっていきなり上手になるわけじゃないからね。でも「切れない」ストレスからは解放された。

 いつか、あの女優のようにテンポ良く包丁を使えるようになりたい。料理にかかる時間が短縮できれば、ほかのことに時間使えるもの。

 次は砥石がほしいな。今まではカンタンなシャープナーで研いでたけど、あれはその場しのぎだとわかったから。古い包丁のほうも、今はかたいものを切るのに活用しているが、砥石を買ったら、両方研いで、なるべく長持ちさせたいものだ。

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