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家を買う(7) 両親に話す

 中古マンションの購入意思は固めたものの、実はわたし、これまで誰にも相談せずひとりで突っ走っていた。せめて田舎の両親にはいつか言わなきゃと思っていたけど、どんどん先延ばしに。悪い言い方すると、だいぶ離れたところに住んでいるので、黙って買っちゃったとしてもバレないんだけど、やっぱりね・・・なので一旦古路さんには物件探しをストップしてもらい、正月帰省したときに両親に話すことにした。

 報告が後手後手になってしまったのは、やっぱり話しにくかったからだ。独り暮らしの娘がマンションを買うなんて、結婚は、子供は諦めたのか? (ちなみにわたしはバツイチ子なし) 実家には戻ってくるつもりがないのか? といろいろ責められる可能性が大きいと思ったから。

 そもそもマンション買おうと思ったキッカケが賃貸の騒音に耐えかねてということだったし、わたしにとってはやむにやまれぬ事情なんだけど、そこを両親に理解してもらえるとも思っていない。

 2018年も仕事納めを迎え、実家に戻る前に話すことをシミュレーションする。まず、離れた場所に暮らす娘がその土地に家を買うとなると、親としては「見捨てられた」と考えるだろうなあ、と思ったから、そんなつもりはないことを強調しなくていけない。

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 そんなわたしも親のために自分の残り時間をそっくり差し出す決断をしかけたことがあった。 

 5年くらい前だったか、いつか直面する「両親の介護」のことを考え、まだ介護も必要のないうちから離職の意思を上司に伝えたことがあった。その頃の自分はとにかく「転職に少しでも有利な年齢で今の会社を辞めて、さっさと地元で仕事探さないと!」ってことしか頭になかった。もちろん、辞めたいって言ったってカンタンに辞めさせてもらえるものでもないだろうし、だったらさっさと上司に言っちゃうのがいいだろうって。

 結局そのときはうやむやにされて受け入れて貰えなかったんだけど(わたしの意思に確固たるものがなかったから煙に巻かれたと言うべきか)、そこからまた数年が経って、介護離職ってリスク高いよなあと思うようになった。会社辞めて田舎に戻ったからって、その田舎に仕事があるなんて到底考えられない。介護にかかる費用は、そして生活費はどう捻出すればいいんだろう。

 前は0か100かでしか判断できなかったわたしが、その数年で少しおとなになったとでも言おうか、とにかく、将来のことでグレーのことが多いのはストレスだけど、まだ起こってもいないことを先回りしすぎて空回るのは、止めた。自分じゃない誰かのことは見通しなんて立たないんだから、最悪起こったときに考えよう。幸い「働き方改革」が進んでくれて、これまでよりずっと会社は休みやすくなったし、何かあったときはすぐに戻れるだろう。

 それよりも、わたしは両親がいなくなったあとの自分自身のことについてもっと考えるべきじゃなかろうか? これから自分はどうしたいのか? それは達成可能なシナリオなのか?

 この先、正直言うともう結婚できるとは思ってなくて、このまま独りで歳を取っていくんだと思ってる。もちろんそうなると養ってくれる人はいないんだから仕事はしなきゃいけない。今この歳になって田舎にUターンして働くと言うことは考えにくいからなんとなく札幌に居続けるだろう。

 札幌を終の住処と意識したことなんて一度もないから、あくまで仮住まいという意識で賃貸に住んで来たけど、高齢になってからもわたしは賃貸に住み続けるのだろうか。家賃は払っていけるんだろうか。親のことを除いても自分のことだけで問題は山積みだ。

 「まず、自分のことをどうにかしなきゃ」と考えたとき頭に思い浮かぶことは人それぞれだけど、わたしにとってはそれが「家」だった。自分の人生にひとつ、家という杭を打って地盤をしっかりさせてからほかのイロイロな問題に立ち向かいたかった。ちょっとでもいいから確かなものが欲しかった。グレーな部分をちょびっとでもいいから白く塗りつぶしたかったのだ。

 キッカケは騒音でも、この一連のことは人生を見直す一大事になった。

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 娘が近頃、そんなことを考えていたなんて、両親は理解してくれるだろうか。マンション、切実に欲しいけど、女が家を買うなんて、両親の世代じゃあ受け入れがたいだろうし、反対されるんじゃないかな・・・。

 ビクビクしながら実家に帰って、タイミングを慎重にはかってついにマンション購入の意思を打ち明けた。心臓の鼓動が早くなって、指先が冷たい。

 「あのね・・・」

 正直、このときどうやって話したか思い出せない。ただ、言おうと思っていたことの半分も伝えられなかった。中古のマンションを買う計画であること、金銭的な援助は一切いらないこと。それぐらいしか。あとは両親からの質問にひたすら答えた。今の仕事はこれからも続けられそうなのか、お金は大丈夫か・・・その質問のどこにも「俺らを見捨てる気か」なんてことばは出てこなかった。ただ純粋に娘のことを心配する親がいた。心が痛まないわけがなかった。

 両親はびっくりはしたようだったけど「あんたももうそういう歳になったんだねえ」と受け入れてくれた。距離が遠いだけにし辛い意志の疎通が、この時は少し出来た気がする。これからはもっと積極的にしなきゃいけないのだろうけど。

 ともあれ、両親への報告を終えて、マンションを買うのに立ち塞がる壁がなくなったので、年明けにまたマンション探しを再開することになった。

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