【小説】『イタ飯店』
15時を過ぎてしまった。
休みに家で何もせずにこのくらいになると妙な焦りが生まれる。昨日の夕食を残りを朝に食べたきり口に何も入れていないせいか、やる気がなにも起きない。このまま1日を無駄にするのももったいないので無理やり外に出ることにした。
外の空気はまだ冷たくマフラーをしてこなかったのを後悔する。家に戻ればいいのだが戻ったらさいご、また重力場に捕らわれて抜け出す事が出来なくなってしまう。コンビニでテキトーにすませてしまうという手もあったが、それでは外出の意味がなくなってしまう。ファストフード店、ファミレス、牛丼屋、日高屋どこも人で溢れていて独り者に入る余地は残されていない。どこもかしこも暇人でごった返している。
近くに飢えた成人男性がいるなんて事はお構いなしで、家族やカップルたちが提供された食事を楽しんでいる。安くて、しょっぱくて、過不足無いサービスで胃を満たしたくて仕方なかった。
10分も歩いていないはずなのにやたらと疲れる。俺の記憶が正しければこの道の先にラーメン屋があったばすなのだが、俺の記憶は正しくなかった。
「意大利」―本格イタリヤンの店―
居抜きらしく外観はほぼ同じなのだが見慣れない看板が目に入る。ラーメン屋はつぶれ代わりにイタリア料理店になっている。店内の人影はまばらだが、ちゃんとした料理を食べるような口にはなっていなかったので別の店を探そうとしたとき、あるものが目に入った。
食券販売機、これがあるだけで店の敷居は1m下がる。それに店頭のポスターにもパスタ類500円~830円(大盛り無料)と書いてある。財布的にも優しいし、もう歩くのも疲れたのでここに入ることに決めた。
「イラシャイマセー」
聞き覚えのある声だったので、顔を見ると前のラーメン屋で働いていた中国っぽい顔立ちのお兄さんだった。別の店になってもそのまま雇われる事はあるのだろうか? オーナーが一緒だからか?外国人労働者の方が真面目という話も聞いた事があるし経験者は引く手あまたなのだろう。
とりあえずナポリタン大盛りの食券を購入し彼に渡した。
「イーバァリィ、ナポ! ダァ!」
厨房から元気よく「アイヤー!」と返事がある。そして明らかに中華鍋を振るうガコガコという音と油がジュとはじける音が聞こえてくる。
今から食べるのはナポリタンなのかがだんだんと怪しくなってきた。
2分後俺の前に出てきたのは立派なナポリタンだった。
ケチャップで真っ赤な麺に薄切りのタマネギに青々しいピーマン、少し肉厚なベーコン。休日のちょっとした外食には十分すぎるほどのメニューだ。
フォークがないらしく、箸でナポリタンをすする。
うまい。
正直なところ期待をしていなかったので、落差が激しい。家庭では出せない味の深み、そしてこの少し肉厚なベーコンがまた嬉しい。
ただ大盛りは味が単調になってしまうのがよくない。
半分をほど食べ終えた所で、私は店員を呼んだ。
「すいません、チーズありますか?」
「ツィーズ? アー、 ニュウロ ナイデス」
「あの粉チーズ、容器に入ってるふりかけるやつ」
ジェスチャー付きで聞いてみたが、店員は厨房となにやら大声で話し始めた。
怒鳴りあいのような応酬が続き、くるりとコチラを向き。「ナイデス」と答えパタパタと走っていった。
若干の呆気にとられたが、店内の視線が集まっているので、また下を向いてもくもくとナポリタンをすする。
うまいが量が多すぎた、もう学生ではなのだからそんなに必死に食べるようもないのに。
次に来たなら、大盛りはやめておこうと思う。
店を出て、ベダつく口をどうにかしたくてコンビニへ入った。
レジでは中国系っぽいお姉さんと、インド系っぽいお兄さんがせっせと働いている。
飲み物とスナック菓子をカゴにいれる、ボーッと棚を見ていると横目がなにかをとらえた。
緑の細長い筒にクリーム色の蓋、あの粉チーズだ。コンビニにはあるのにイタリア料理屋にはない。
手にとって眺めていると俺のせいで後ろを通れなかったお婆さんが咳払いをする。慌ててカゴに入れて会計を済ませると1000円を超えていた。粉チーズが高かったのだ。
そうか粉チーズって高いもんねと妙に納得しながら、ベタつく口の中に残る味を思い出した。
腹が満腹になるとようやく他の事に気が向きに始める。
すれ違う親子づれのにこやかな笑顔、よりそうカップル。
その全てが他の国の言葉だった。
顔を上げれば看板には当たりまえのように英語、中国語、ハングルが並んでいる。こうやってだんだんと当たり前も変わっていってしまうのだろう。
アパートのお隣さんのモハメドに「コンバンハ」と挨拶された。
もう俺のほうが外国人なのか。
完
monogatary.comで『チーズのないイタリアン』というお題で書いたお話。
「イタ飯店」と書いて読みは「いたはんてん」
これから少しずつ小説などを更新していこうと思いますので宜しくお願いいたします。文芸誌「Sugomori」という有料マガジンで1作担当させていただいております、宜しければご一読お願いします。
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