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高級食パン

 最近、高級食パン屋が花盛り。ふと学生時代にバイトしていたラジオ関西の近くにあったパン屋を思い出す。

 昔ながらの店構えのその店は、人のよさそうな老夫婦が切り盛りし、食パンはハトロン紙に包まれて古びたショーケースに並んでいた。素朴な菓子パンやクッキーもあって、さすがエキゾチック神戸のベーカリー! さっそくクリームパンとクロワッサンを買って須磨のビーチでワクワクして食べたら・・・・。

 うへえ~。すごくマズイ! クリームは凍っているし、生地はパサパサ。自分の人生の中でもトップクラスの強烈な味わいである。でも、類のないまずさに不思議と魅かれ、バイトに行くたびに違う種類のパンを買って食べるのだが、いずれも期待通りのまずさである。

 あんまり不味いので、学校でその話をしたら、友達が「そんなにまずいパン、いっかい食べてみたい」というので、買って学校に持っていった。

「むっちゃまずいし、食べてみ」とすすめると「うっわ~ホンマにまずいわ!」。
 それが評判? になりいろんな友達から「私も食べてみたい」とリクエストされ、バイトのたびに件のパンを買い求めた。

「まっずぅ~」「な、な、まじでまずいやろ」「なにこのパン・・・」「そやろ~」と得意げになる私。

 それから十数年後、大阪のWカメラマンと仕事でこの界隈を通ったときにこの話をしたら彼も、ただならぬ店の趣に魅かれパンを買ったことがあるという。

「すごくまずいんですけど、あまりにすごいので、その後も何度かこうてしまいました」。ほんなら行ってみようと、この小さな店を探したのだが、店は携帯電話ショップになっていた。近くの豆腐屋さんに聞いてみると阪神淡路大震災で壊れて店をたたんだらしい。


 今やどこを探してもあれほどまずいパンを食べることは不可能だと思うと、猛烈にあのパンを食べてみたくなった。

「パーラー永浜商店」より加筆転載。

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