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「ピソ職人新聞社の道標」 第14話


第14話

 リアナとジョアンナと別れて、ピソ畑からダダビット車を走らせて2日目。いくつもの山を越え、現れたのは大きな川だ。対岸はタランディー国の領土だ。対岸へ渡るための橋を探すために川沿いを進む。見つかった橋には、大きなゲートが設けられており、自由に橋を渡れるようにはなっていない。ゲートのそばにはタランティー国の門番がいた。
 門番に通行証は?と尋ねられ、あらかじめ取引人から伝えられていた通行許可認証番号と要件を伝えると、門番は荷車の中と、キャビンの中を覗いて確認し、ゲートを開けた。
 長い橋をダダビット車はゆっくり歩いて進んでいく。門番に橋を渡る際のスピード制限がされ、駆け抜けることができなかった。川に霧が出ていて、あたりは白くかすみ、5m以上先は対岸の様子がはっきりと見えない。
 エラディンはタランティー国との和平交渉のために何度もこの川を渡っているが、いつも白い霧が立ち込めていたなあと思いだす。長い橋をゆっくりと進むこと数分。対岸のゲートにたどりつき、先ほどと同じように通行許可証番号を門番に伝え、入国を許可してもらった。ゲートをくぐり、対岸に渡ると不思議なことに白い霧はなくなり、青い空からサンサンと太陽の光が降り注いでいた。
 取引人が指定した場所まで移動する。ダズル豆がなる低い木が広がっている畑のそばにある倉庫にダダビット車を止めた。キャビンを降り、荷台の荷物の確認をしていると後ろから声を掛けられた。

「ひさしぶりじゃないか、エラディン。まさか君がこの場にくるとは思わなかったよ」

 振り返ると、鎖骨と肩を出した黒のワンピースで、腰や袖に金の刺繍があしらわれたものを身にまとった魔女がいた。頭にはリボンのあしらいがついたシアー素材のつば広の黒のハット、ウェーブがかった赤毛のロングヘア―が風にゆれている。赤いリップで不敵な笑みをたたえている。

「……キュイニー!? まさかきみが取引人なのか?」

「……きみが来たってことは、マトラッセ王にピソの密輸はばれたかな」

「質問に答えろ、キュイニー」

「取引人はあたしだけじゃないんだけどね、取引グループの一員ってとこかしら」

「どうしてそんなことをやっている?」

「そりゃあ、ジャーニマー国の強さの秘密をタランティー国は知りたいからさ」

「ということは、タランティー国王からの命なのか?」

「さぁーね。くわしいことはあたしからは答えられないわ」

「ピソを輸入するかわりに、パチェイを輸出しているのはなぜだ? パチェイこそタランティー国から輸出することは禁じられているのではないのか?」

「まあ、表向きはね。でも食べてほしいターゲットに食べさせたいものなのよ。パチェイって」

「どういうことだ?」

「目的地にたどり着いてからの怒涛の質問ね。長旅で疲れているでしょう?今日は日差しが強いし、あたし、暑いわ。陰ある場所で涼みながら話しましょうよ」

 キュイニーは倉庫にむかって歩いていった。エラディンはその後につづく。キュイニーが履いているハイヒールが土にめりこんで足跡がつくのを眺めた。
 キュイニーはエラディンがジャーニマー国の和平交渉役としてタランティー国とコンタクトをとる際に協力してくれた魔女だった。エラディンがタランティー国に和平交渉をしにはじめて訪れたときだ。タランティー国に真正面から入国しようとしても、橋の門番に門前払いされていた。その時、キュイニーが声を掛けてきたのだ。

「タランティー国はね、魔法で守られている国。魔法に精通している協力者なしでは入国できないわ」
 そう言って、門番に話して、一緒にゲートを通り、入国したのだ。
 
 なぜエラディンに協力しようと思ったのかとキュイニーにたずねると、「ジャーニマー国の使いでしょう? ジャーニマー国と敵対するメリットはないわ、タランティー国のような小国はね」と答えた。

 キュイニーの手引きのおかげで、タランティー国の国王との謁見が許され、ジャーニマー国がタランティー国と友好条約を結ぶことができた。
 あまりにもあっけなかったものでエラディンは驚いたものだった。実際に、ジャーニマー国の当時の王のグランディン王はケラスズ城にタランティー国王を招き、不可侵条約を締結することになった。

「小国だからと言って侮らなかったグランディン王の懸命な判断ね」とキュイニーは言っていた。

 倉庫のシャッターが開け放たれていて、キュイニーは入口近くにある折り畳み椅子を二つ出して、向かい合うように置いた。片方の椅子にキュイニーは座り足を組んだ。もう片方の椅子にエラディンも座った。

「この現場は相変わらず暑いわね。久しぶりにダズル豆の収穫時期の確認のためにきたんだけれどね。でも、きみに会えるとは思わなかったわ。暑い中きてよかった」

「普段はここに来ないのか?」

「ええ、普段は寺院の中にいることが多いわ。あそこの魔法族の制御も私の主な役割だからね。どんなに外が暑くても、寺院の中は冷気に覆われていて薄ら寒いくらい。寺院の中でイロガの調合術を使うことはできるけど、ダズル豆の出来にあわせてイロガの調合を最終調整するから、そのためにはこのダズル豆の畑に来ないとだめだからね」

 寺院とは最果ての地の寺院のことだ。エラディンは勇者の旅として、最後に訪れた場所だった。そこでエラディンは預言者に預言を授かっている。

「イロガの調合術?」

「パチェイは、ダズル豆をすり潰して出た油に砂糖と、イロガを入れて固めたものなの。そのイロガというものは、魔法族にしか調合できない媚薬。あたしはそのイロガの媚薬も作っている。調合したイロガ、ダズル豆をパチェイ職人に渡して、パチェイをつくっているってわけ」

「媚薬ってことは何か効果があるのか?」

 キュイニーは足を組み替えた。
「タランティー国を好きになる効果」

 なるほど、そういうことかと謎が解ける。

「……つまり、タランティー国への敵意の芽をつむ効果がある」

「ええ、そうね。タランティー国王が、はじめてグランディン王に会った際にパチェイを献上しているわ」

 グランディン王が、小国タランティー国を侵略しないという判断をしたのをずっとエラディンは不思議に思っていた。いくら魔法族と関係が深い国だからといえども、ジャーニマー国の強大さ、勢いをもってして怯むような規模の国ではないのだ。
 タランティー国王が公式にジャーニマー国に招かれるまえに、どこかのルートから、グランディン王が手に入れたパチェイを食べている可能性がある。グランディン王は食べることが大好きだ。見たことのない食べ物を知ってしまったら食べずにはいられない。

「パチェイをジャーニマー国に少しずつ流しているだけじゃなくて、ピソを密輸するというのは、やはりピソづくりの秘密を暴きたいってことか?」

「どうかしらね? タランティー国の真意はあたしにはわからない。でも、強力な軍隊のもとをつくるピソの秘密を知りたいと思うのは当然でしょうね。パチェイで敵国を魅了する力、また食べた者の力や能力を最大化させるピソの力があれば、タランティー国も強大な国になるかもしれないしね」
 キュイニーがまた足を組み替える。

「君は、タランティー国のためにイロガの媚薬を作っている話もするし、ピソを密輸していたこともあっけなく話す。そんなにぺらぺらとタランティー国の秘密を話してよいものなのか?」

 ふふふふとキュイニーが笑う。
「あたしは、タランティー国のゆくすえはどうでもいいの。仮にジャーニマー国がタランティー国を侵略しても、または、ほかの国が支配しても、逆にタランティー国が力をつけて世界の覇権を握るにしても、そんなのどっちでもいいの」

「でも、きみは、タランティー国で重要なポジションにいるわけだろう? パチェイにイロガの媚薬を混ぜ込んで操作しているわけだし」

キュイニーは、チッ、チッ、チチと舌で音をならし、人差し指を左右に振って、それは認識が甘いと言った。

「そういえば、魔法族がタランティー国に多くいる理由を教えてあげましょうか?」

 そして、キュイニーから語られたのは魔法族が迫害されてきた歴史だった。


第15話(つづき)


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