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「顔は似せられないけど、表情は似せられるんで」——“モノマネ少年・ナオくん”が思い出させてくれた佐野恵太の姿と、忘れていた気持ち

「きっかけは、小学生の頃に仲間内で流行った遊びからなんです。持っているプロ野球チップスのカードで打線を組んで、選手のフォームを順番にマネしていく遊びが流行って」
本人曰く割と人見知りとのことだけれど、会話の合間合間には人懐っこい笑顔がぱっと咲く。
楽しそうに話しているこの男の子の名前は、ナオくん。中学二年生、13歳。好きな食べ物はハンバーガーとDB.スターマンのもっちりアイス。部活は野球部で、キャッチャーとファーストを兼任している。右投げ左打ち。
彼を初めて見たのは去年、横浜スタジアムで開催されたベイスターズのファンフェスティバルでの一幕だった。

佐野のモノマネ?やってごらんよ

「ひとつめは……佐野選手の、打つ時のモノマネいきます!」
2023年、11月23日。一人の少年がグラウンドの真ん中で堂々とそう宣言するのを、私は一塁側の内野席から見つめていた。背番号31・柴田竜拓の旧柄レプリカユニフォームを身に纏っているのに、佐野恵太のモノマネ?やってごらんよ、こっちは背番号が変わる前から応援してきたんだよ。頭の中で面倒なオタクが腕組みをしている。
彼は差し出されたバットを受け取ると、ではお願いします!と司会に促され、構えた。

思い切り右足を内側に踏み込み、今にも背中を向けてしまいそうな極端なクローズドスタンス。
目を見開いてバットを振り抜いた後、視線の先はライトスタンドの方向へ。

……ものすごく似ている。腕組みしていた面倒なオタクはすぐに逃げ出し、私は声を出して笑ってしまった。その日集った多くのベイスターズファンからも、盛大な拍手が送られる。球団公式Xアカウントにはモノマネ天才キッズと評された動画がアップされていた。ひとしきり笑ったあと、不思議な感覚に襲われる。忘れていた何かを一瞬思い出した、という表現が一番近い。私は何を忘れていたんだろう。

考え続けて答えが出ないまま、半年が経った。
モノマネ少年はいったいどんな目線で佐野を見ていたのか。そしてあの時の不思議な感覚の答えが知りたくて、SNSの海に飛び込んですぐに彼の情報を求めてみる。なんと彼のお母様が私のXアカウントをフォローして下さっていた。早速DMを送って連絡を取り、6月某日に会うことに。

色白でもちもちしていた可愛らしい男の子は、半年の間にこんがり日焼けして手足がぐんと伸び、横顔がきりっと締まってすっかりスポーツ少年らしくなっていた。
「ベイスターズファンの中では牧や宮﨑のマネをする人が多いと思うんですけど、自分、左打ちなので。左打ちのバッターなら完璧にできるんで佐野を選びました」
「選手のフォームが変わった時、あれっ?て気付けると嬉しいっす。オレ気付いちゃったぜ!って」
「これがあの選手のフォームだ!って掴めたその瞬間がうれしくて。モノマネできた選手が活躍したらその翌日に『こんな振り方だったな~』ってまたマネしながら素振りしちゃうんです」
目の前に座っている男の子、ナオくんは瞳を輝かせながら説明してくれる。
いちばん大好きな選手だという柴田の話じゃなくても、心の底から楽しそう。いいなあ。あの選手のこんな所がすごいんだ、と早口で誇らしく話している。きらきらした眼差しが、眩しかった。

ナオくんが思い出させてくれた姿、見せてくれた答え

撮った写真を見返すと、画角に収まる佐野恵太はどれも同じような顔つきをしている。口元をきゅっと引き結んだ、険しい顔。表情が語る通りの一年だったと思う。
昨シーズンは合計141試合に出場し、過去3年連続3割台だった打率は.264、13本塁打、65打点。全ての数字が過去シーズンを下回った。「自分は何やってるんだろうって」「何一つ納得がいく数字を残せなかった」「自分に腹立たしい一年だった」契約更改のインタビュー記事に並ぶ言葉の端々に、抱えてきたであろう苦しみが滲む。
佐野はもう使えない、代打に回せ、その他ここに書けないような言葉を一年の間に多く目にした。まるで虫に食われたみたいに心が穴だらけになっていった。ただ応援したいだけなのに。「チャンスで佐野に回したところでなあ」後ろの座席からこんな言葉が降ってきたこともあった。私は彼のユニフォームを着ているというのに。悔しくて、口元をきゅっと引き結ぶ。打席の佐野とスタンドにいる私は、だんだん同じような顔になっていく。もうこれ以上、誰にも否定されたくなかった。

そんな去年一年を思い返すうちに、気付く。
ナオくんのモノマネで思い出したのは、ずっと見せて欲しかった佐野恵太の姿だったんだ。佐野が苦しむ姿を追いすぎて、勝手に一緒に苦しんで。穴の空いた心から、まさかそんな大切なものまでこぼれていたなんて。
真っ直ぐなナオくんの目を通して、モノマネとして写し取った佐野の姿。それはナオくんと同じ場所、ハマスタの観客席から私も同じように見つめ続けてきたもの。だから、ああ私が今まで見てきた姿と同じだ!って気付いて笑っちゃったんだ。その根っこにあるのも、きっと同じ気持ち。佐野はバットを振り抜いて走り出す瞬間が、いちばんかっこいいんだってこと。

「顔は似せられないけど、表情は似せられるんで」
そう説明するナオくんはどこか自慢げだった。スイングを終えて走り出すナオくんと、何度も見てきた佐野の表情を重ねてしまう。目を見開いてバットを振り抜いた後、打った感触に納得するように少しだけ口角を上げる。視線の先はライトスタンドの方向へ。

ありあまる思いを巡らせてきたけれど、ナオくんが見せてくれた答えはとてもシンプルで。
私は、佐野恵太が打つ姿を見るのがうれしいんだ。


【参考資料】

【DeNA】佐野恵太が複数年断り単年更改「成績に納得できず」9月骨折で離脱 来季国内FA権

DeNA・佐野恵太、球団から複数年契約を打診も単年契約を選択

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