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私達はもっと強くなる――今のベイスターズに必要なのは、トレバー・バウアーの“青い炎”だった

叫んでいる。何度も、何度も。
抑えようが無い、抑え切れないといった様子で溢れ出す感情に身を任せるように、マウンドで彼は叫んでいた。
炎みたいだ。それも一番温度の高い、青い炎。

6回表 ツーアウト1、2塁

2023年7月1日、横浜スタジアムで行われた横浜DeNAベイスターズ対中日ドラゴンズ戦での一幕。
試合は6回表、ツーアウト1、2塁の局面。今日の先発投手、トレバー・バウアー がマウンドに佇んでいる。内野の守備ミスと自身の送球ミスでランナー二人を背負いながらも、ようやくツーアウトまで漕ぎ着けたところだ。
バッターは2番、ここまで2安打の岡林勇希。6球粘られるも、7球目のチェンジアップでセカンドゴロに打ち取った、かと思われた。しかし現実は内野守備陣によるランダウンプレーのミスが起きた結果「走者全員セーフ」。ボタン一つ掛け違えてしまい、最終的に全てがズレてしまったようなプレー。このイニングで3つ目のミス。バウアーがこの状況を把握した瞬間、彼はホームベースに踵を返し、怒りを解き放つように吼えた。
内野陣が集まり、ベンチから齋藤隆チーフ投手コーチが出てくる。再び、バウアーが叫ぶ。おそらく、いや絶対にFから始まる放送禁止用語だ。気持ちのやり場を見つけようと、ぐるぐるとマウンド周辺を歩き回っている。見つからないだろうに。一つ間を置いて隆コーチが二度手を叩き、輪が解ける。
こんな状況で、おそらくもうバウアーはストレートしか投げないだろう。捕手の伊藤光も、ネクストバッターの高橋周平も、横浜スタジアムの観客も皆がそう思っていたはずだ。今、その答え合わせが始まる。ツーアウト満塁。
初球、159km/hストレート。本日最速。
2球目、158km/mストレート。息を呑む。
3球目、158km/mストレート。弾き返されるも思い切り詰まった打球に猛チャージをかけ、投げた本人が掴み取る。バウアーはこのグラウンド上の誰よりも俊敏に動き、ファーストのソトに対して「退け!」と激しく訴えて自らの足でベースを踏んだ。スリーアウト、チェンジ。内野席の一角に居た私はこみ上げてくる気持ちを抑えずに立ち上がり、“Bauer, You made it!!!!”と叫んだ。周囲の誰もが、バウアーの名前を繰り返し叫んでいた。

2023.7.1 横浜スタジアムにて

その怒りに触れて気付いた事

かつて、この横浜DeNAベイスターズにここまで怒りを露わにする投手って今まで居たんだろうか。思い出されるのは2019年シーズン、8月3日の巨人戦で横浜スタジアムのベンチ内にある冷蔵庫を殴りつけ、勢い余って右手を骨折してしまった『将軍』ことパットン。今シーズンならば4月23日、マツダスタジアムのベンチ内でエスコバーが降板するや否やグラブやペットボトルを続け様に投げつけ、暴れていたのが記憶に新しい。しかし二人に共通するのは、自身の投球内容に納得が行かず怒りを露わにしたという事。
今回のように味方の不甲斐ないプレーに対して声を上げたのは、私が知る限りではバウアーが初めてだ。
味方野手の守備によってあってはならないプレーが起きた時、ベイスターズのピッチャーは今までどう振る舞ってきただろう。6月30日に登板していた左腕エース、今永昇太の姿を思い浮かべてみる。彼ならばきっと、いつもきゅっと結んでいる口元をよりきつく結び、その状況に耐えた後「自分なら大丈夫だ、切り替えていこう」と振る舞う気がする。今永に倣って、という訳ではないが他の選手、コーチもそのような振る舞いを選んできた印象がある。それも一つのあるべき姿だ。
でも、バウアーは違った。耐え忍ぶ事が美徳とされがちなこの国で、彼は負の要素が積み重なったこの流れを切り替える事ではなく精算するために、怒りを露わにした。起きた事を一旦置いておくのでは無く、落とし前をつける。仲間のプレーを尊敬することと、全てを許すことは違う。自分自身の投球内容、そしてミスにミスが重なり「優勝するチームの野球ができていなかった」状況に対して彼は声を上げた。何故人は怒るのか? そこに信頼と期待があるからだ。バウアーはベイスターズが優勝できるチームだと信頼し、期待している。それも本当に心の底から。そう思ってくれていたらいいな、なんて思っていた自分の頬を平手打ちされたような気がした。本気なんだよ、バウアーは。

必要なのは、彼の“青い炎”だった

その後、6回2失点でバウアーは降板。
リリーフ陣は上茶谷から始まる6人の投手リレーを無失点で繋いだ。
7回まで2安打に抑えられていた野手陣は8回裏、先頭のソトが放ったツーベースヒットから生まれたチャンスに対して全力の代打攻勢をかけて2点をもぎ取り、ついに同点に並ぶ。
試合は一進一退のまま延長戦に突入。
最終イニングの12回裏、ツーアウトから柴田・楠本の連続ヒットで一打サヨナラの局面に持ち込むも、結果はショートゴロ。ラストバッターの戸柱は一塁にヘッドスライディングした後、突っ伏したまま動かない。暫く間があった後、ヘルメットを地面に叩きつけながら立ち上がった。全身から、悔しさが滲み出ている。
試合終了後、スタンドに向けた挨拶の列に加わるも戸柱は顔が上げられない。その隣には、ベンチで戦況を見守っていたバウアーが彼の背中に手を添えて立っていた。
延長12回、2対2で引き分け。勝ち切れなかったものの、バウアーが見せたあの激しい怒りはチーム全員、そしてこの試合を見届けたファン全員に火を点けた。4連敗し、優勝の二文字が再びぼんやりと滲んでしまっていた私達に必要なのは、バウアーが燃やし続けていた青い炎だった。

2023年7月1日、22時48分。横浜の夜空から大粒の雨が降り始めた。それでも、彼が点けたあの青い炎は絶える事無く、今もスタジアムの中心でゆらゆらと燃え続けている。
私達は、もっと強くなる。



【参考】

#文春野球フレッシュオールスター2023

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