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妄想前世シリーズ

わたしは時々、夢や妄想で前世の場面を思い出すことがある。
思い出してるのか、頭で勝手に作ってるのか分からないけどイメージとエピソードらしきものがハッキリ浮かぶ。
何となく、そういう前世を文章として書いてみたくなったので「妄想前世シリーズ」として記録していくつもりだ。

この話は20代の頃に見た夢が元になっている。
目を覚ました時、わたしはボロボロ泣いていた。すごく大切な何かを覗き見た感覚があった。「ああ、そうだ。本当にそうだよね」という感覚。

何度も思い返してるので、最初の夢そのままではないかもしれない。
それこそ妄想で補った部分もあることを付け加えておく。

「天才漁師の女房」

私の夫は漁師だ。
私たちは小さく貧しい漁村に育った。
貧しいけれど村人は仲が良く、協力し合って幸せに暮らしている。
夫とは幼なじみだ。
彼はほとんど喋らない。
いつもニコニコしていて、みんなに好かれている。
喋らなくても表情で何となく伝わるし、彼は言葉が苦手だとみんな知っているから特に問題はない。

口数は少ないが、夫は漁師としては腕がいい。
元々、海が大好きで泳ぎも得意だ。
彼が泳いでいる様子は、まるで魚のようだ。
小さい時からわたしは彼の水中での動きに見とれていた。
水を得た魚。こっちが彼の本当の居場所なのではないかと思う。間違って人間に生まれてしまったのかもしれない。

海の中の彼は陸にいる時とは別人だ。
生き生きと体をくねらせ、喜びを発散させている。そして、なぜか彼が泳いでいると魚たちが集まってくるのだ。
村人たちも彼のそんな才能に気づいていた。
だからこそ誰も彼を悪く言わなかった。

年長の漁師は「あいつは魚と話が出来る。あいつが指さす方へ船を動かせばいい」と言っていた。
一目置かれていたのだ。

わたしは幸せだった。
そばにいると彼の純粋さに癒された。
言葉を多く交わさなくても、豊かな交流というものはあるのだと知った。
はにかむような笑顔。
愛しそうにわたしを見つめるまなざし。
わたしの体に触れる肌の温もり。
それだけで十分だった。彼の愛を感じて満たされていたから。

ある日、漁に出た船が戻ってこなかった。
沖合で予想外の嵐に遭い、船が転覆したのだ。
夫以外の漁師たちは波に流されて岸にたどり着いた。
夫だけが帰ってこなかった。

不思議だ。夫は嵐が近づくのを常に察知した。
漁に出る前にリーダー格の漁師に向かって首を振って知らせていた。なのに今回に限って見逃したのだろうか。

嵐が収まってから漁師仲間が総出で夫を捜索したが、遺体ひとつ上がらなかった。
数週間が過ぎ、村人は捜索を諦めた。
仕方ないと分かっていたが、わたしは諦められなかった。

悲しみを感じることもできなかった。
魂が抜けたようで、ただ浜辺に座って海を眺めた。
いまにも彼が海から上がってくるかもしれない、と思ったから。
あの申し訳なさそうな笑顔で「ただいま」と言って海から砂浜に上がってくるかもしれない。

どうしても彼が死んだと思えなかった。
死んでいたら絶対に直感で分かるはず、という確信があった。

朝に夕に浜辺に座り込むわたしを、村人たちはそっとしておいてくれた。
慰めの言葉など、何の役にも立たないと分かっていたのだろう。

数ヶ月が過ぎ、さすがに心の片隅で「これはもう諦めるしかないよね」とわたしも思い始めた。
いつかは現実に戻らねばならない。
分かってる。
夫が消えてからも海は変わらない。
ときに凪ぎ、ときに荒れては寄せて返す。
同じだ。人生は続いていく。

「海に潜ろうかな」という考えがふと浮かんだ。
夫ほどではないが、わたしも漁村育ちだから素潜りくらいできる。

小さい頃に夫や友達とよく潜った岩場へ向かった。
季節的に貝や魚は少ないだろう。
昔とは潮の流れが変わってるので、ゴツゴツした岩しかないはず。それでもいい。今は潜って全身で海を感じてみたい。

岩場に着き、わたしは久しぶりに海へ潜った。
懐かしい場所。懐かしい感覚。

しかし潜ってすぐ異変に気づいた。
岩しかないはずの水中が豊かなのだ。
海藻がゆらめき、貝が岩にたくさんへばりついている。
今の時期に見かけない魚もたくさん泳いでいる。
わたしは水中の光景に軽く混乱した。と同時にその美しさに感嘆していた。なぜかは分からないけど、今この海は豊かだ。そのことが嬉しかった。
泳いでいるうち、体がある種の懐かしさに包まれているとこに気づいた。
なんだっけ、この感じ。
知ってる。安心するこの感じをわたしは知ってる。

そう思って周りを見渡したときに気づいた。
魚たちが発散している嬉しそうな様子と、海水が少しだけ発光してるかのような喜びの粒子。

これは夫が泳いでいたときの海と同じだ。
彼は泳いで海に魔法をかけていたのだ。
夫はここにいる。
体はないけれど、海のすべてに溶けて存在してる。彼がいることを全身に感じた。

やっぱり生きていた。形を変えて。
彼がいるべき大好きな場所に戻ったのだ。
そして彼は永遠に幸せなのだと分かった。
彼は海水のすべてとなって、わたしを取り囲んでいた。
わたしは深く安堵し、彼の幸せに包まれた。

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