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ナツメに捧げる歌

私の黒い猫は
シャーと一度も言わなかった
穏やかで人見知りで
私を誰よりも愛していた

初めて家にやってきた日
にゃあにゃあきょうだいを探して
そこら中歩き回った
上目遣いで
不審な顔して
トイレを我慢してたのか
くさいおならを放った

なのに
おもちゃを出すと
その誘惑に勝てず
一心不乱に遊んで……

おかしいやら可愛いやらで
私の心は大忙しだった

私は彼女と
追いかけっこするのが好きだった
いい大人が
ソファに飛び乗ったり
物陰から猫の動向を伺って
四つ足で追い詰めたり

他人が見たら
きっとびっくりしただろう

彼女だって
ときどき
暗闇からいきなり私の前に飛び出てきた
私が驚くと
それはそれは満足そうな顔をして
また暗闇に紛れていった

私たちは
対等だった

たった四年しか一緒にいられなかった
世界で一番大切な猫

亡くなった日は
三月でうんと寒く
なのに窓を開けたら
大きな蠅が
引き寄せられるように飛んできた
物欲しそうに網戸に張り付いて
中に入ろうともがいていた

その瞬間
ゾッとするほど感じたんだよ
彼女の体から立ち上る死を

それからしばらくの間
夜が来るたび
布団に横たわりながら
部屋の隅を見つめていた
彼女の黒い毛並みが
この闇に沈んでいるようで
まだ魂だけがそこにあるようで

でも
何も見えなかったし
なんの音もしなかった

熱を持った液体が
目から溢れ鼻筋に沿って
最後は唇に流れていった

私たちの追いかけっこは終わった

小豆色した肉球
香ばしいにおい
面倒くさそうにはたはたさせるしっぽとか
小さな後頭部を撫でるときの手触りが忘れられない
鼻涙管が詰まってて
いつも涙目のところも
6.8㎏もあるでっかい体も
インパクトがありすぎて
忘れることはないでしょう

私たちが出かけているとき
外を見ながら
どんなことを考えていた?

ひとりで
音楽も小説もネットもテレビもなく
文字も持たず
ただただ時間が過ぎるのを
どんな思いで待っていたんだろう?

「何にも出来なかった」と
大切な存在を失って人は思う
それは
ただただいつまでも
与え続けたかったということ

今でも私は流し続ける
涙を言葉を
想いを


何年も何年も尽きることなく
あなたのためだけに
ただただ注ぐ





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