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答えが出ない喜び

絵を描きに行く。知らなければ落ち込むかもしれないが大人の趣味の習い事は2年が限界。
特に頑張る人は2年で燃え尽きる。

私もご多分に漏れず燃え尽きたのかもしれない。「描きたい」が「描かなくちゃ」になってしまった。

もちろん教室を辞めるつもりはない。先生が素晴らしすぎるし。教室の雰囲気も嫌いじゃない。

定まった時間に通わないからなかなか友達はできない。でも顔見知りは出来てきた。

描きたいが消えた理由は描けないから。なぜか何でも描けると思っていた、何もかも。知れば知るほど怖気付いて行く。

でもネットを見ないので描き方を学ばない。先生が言う「とんち」みたいな言葉と何年も向き合う。
これは贅沢な時間だ。

7月中旬 描きたい物が見つからず嫌々始める

先生が言うのは「繊細な仕事と大胆な仕事」
私に足りないのは大胆な仕事。
🐸性格ですかね?チマチマしちゃうんですよねぇ
👨‍🎨はははは

そして言われるのは「デザイン的に」

「デザイン的に」は前から言われていてクリムトとか見ると良いよ、と。
まぁ…見てもわからない。
先生の話を理解するには勉強と経験が必要なんだろうけれど何にもしないのでいつまでもわかるようにはならない。

たぶん、ネットを使って動画を見たりAIに描いてもらっちゃったりすればそういうことかとすぐわかるのかもしれない。

絵としては水差しの下の緑は面白いね、だそう

布が描けなくて先生に聞くと
「中間色で寄せていくんだね〜」
うぅ〜。謎。
🐸こういうことですか?
👨‍🎨うん、そ〜いうこと。

(ど〜いうこと?🤔)
わからないことをずっと考えてる。
なかなかに楽しい。
頭をかな〜り使うとお腹が空く。
そして疲れて昼寝。

むか〜しピアノで感じた楽しさもそんな感じだった。
コンクールとかそんなのを目指し始めると答えや近道を当たり前とし始める。と言うよりいかに効率的に上手くなるかを考え間違えないように正解はどれかと。そこばかり考えるようになる。

答えをアレコレ考えている時間。
これは楽しい。
そして出来た絵に先生は絶対に文句を言わない。
こうすればうまくなるとかここがもう少しなんて絶対言わない。

「早く正解を」という価値観にまみれた生活をしていると不安にもなる。
でもこれで先生は先生の価値観が極力入らないようにしているんだろうと思う。

上手くならないからやめたくなり
上手くならないからやりたくなり

まぁ…自由だね、私。😅


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