異界の父へ
2年半ほど前、父は母の元へ旅立って行った。
酒が好きな人だったから、末期の水はビールにした。
告別式の日、イタリア行きのチケットのレプリカと風景写真のコラージュを父のお気に入りの服と一緒に棺に納めた。
今年の父の誕生日、この街は記録的な暑さになった。エアコンをつけ続けても、部屋の気温は下がらない。冷蔵庫から缶ビールを取り出し少しだけグラスに注ぎ、父の写真の前に置いた。テレビを点けると、偶然にもそこにはイタリアの街並み。
もう母とは逢えただろうか。
あのチケットで2人でイタリアに飛んで行けただろうか。
身体はもうどこも痛くないだろう。
焦がれたフィレンツェの街並みを心ゆくまで堪能したらいい。
二次元の父は曖昧に笑ったままだ。グラスに軽く缶の底をぶつけ、温くなりかけた残りのビールをあおった。