上井草のガンダム

嫌な予感はしていた。アルバイト先で可愛がってくれていた3つ年上の青木さんが赤ら顔で店に訪れたのは、午後九時をまわった頃だった。

ふらふらしながらカウンター席に座り、瓶ビールを注文する。サークルの友達とビール工場に見学に行ったのだ、とろれつの回らない口でぼそぼそと話した。もうかなり出来上がっているようだった。

「何時に上がるの?」
「あと一時間くらいですけど」
ふーん、と言った後ビールをちびちび飲み、私が退勤するのと同じタイミングで店を出た。

駅までの道をスキップしながら、青木さんは大好きなサザンを口ずさむので、しかたなく付き合ってあげた。

「まほちゃん、ガンダム見に行こう」
「えっ、お台場ですか?」
「いや、上井草」

お台場に等身大のガンダムが設置されて話題になっていた頃だった。ガンダム、上井草に、なぜ?
面倒くさいと思いながらも、本当のところ先輩といるのが楽しかったのだと思う。

電車に20分ほど揺られると上井草。なんの変哲もない住宅地の駅。こんなところにガンダムが?駅を降りてキョロキョロ見渡すと、確かに暗闇に紛れて大きなオブジェが目についた。

「ほらこれ、ガンダム、あったでしょ?ほら写真撮って、写真」
青木さんとガンダムのツーショットを撮る私。ガンダムは成人男性よりやや大きい程度のサイズで、原作も見たことがない私には正直よくわからなかった。

「店長呼ぼう」
と言って青木さんは携帯をいじりだす。当時、二十代前半の若い店長と学生アルバイトの青木さん、私は仲が良く、しょっちゅう飲みに行ったり店長の家で遊んだりしていた。電話したが、勤務中だったようで繋がらなかった。

結局、上井草の近くに住むバイトの子を呼びつけて三人で朝まで飲んだ。五時前になって店を出て、青木さんと駅へ向かう。駅前で再びガンダムと会う。朝の光ではっきりみえるはずが、頭ががんがんして視界に靄がかかっているように、ガンダムははっきり見えなかった。

その後青木さんは大学を卒業して転勤してしまったし、店長は会社を辞めて実家に帰ってしまったので、アルバイトという場でゆるく繋がっていただけの関係はそれきりになった。

あの日がいったい何だったのか、私にはわからない。けれどあの朝方のぼんやりした視界の中で見たガンダムは、思い出すたび少し切なくなる東京の景色だ。

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