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シソーラスベース

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短編・掌編集。
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しおりの人

荷造りをしていると、クローゼットからくしゃっとした紙が出てきた。片面が白い紙。そのふにゃふにゃを開くと、水道料金の領収書だった。
しおりだ。私はすぐにわかった。

この家には私の他に、もう一人住んでいたことがある。私はその人を好きだった。その人もたぶん、私が好きだった。本と映画と植物が好きな、優しい人だった。

なんとなく一緒に暮らし始めた。料理は苦手だったけど、掃除は上手い人だった。
「コツがあ

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おめでとう【御芽出度う】

砂さんがいなくなったのは、一月の寒い日だった。何の前触れもなく、アパートから出て行った。砂さんは寒いのが苦手だった。普段は無愛想なくせに、寒い日になるとすり寄ってきて、私の体温を奪う。

「オンナでもできたんじゃないの」
とノリちゃんは言った。ノリちゃんは私の専門学校時代からの友達で、砂さんが心を許す数少ない相手だ。

「砂さんが?まさか」
「わかんないよ、ああいうタイプに限って意外と内に秘めてる

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青痣【アオアザ】

まーた青あざつくって、と姉ちゃんに言われたのは月曜の夜だった。

うるせー、関係ないじゃん、と応えると、
「そんな乱暴な言葉遣い、お母さんが聞いたら怒るよぉ」
と洗い物で濡れた手をこちらに向けてぱっぱと払った。

「実果子さ、あんたもう高学年なんだから、ちょっとは女らしくしたら?こないだうちに来たアイちゃん、あんたのこと弟だって思ってたよ」

いーじゃん、別に。クスクス笑いながら二階へ上がっていく

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