流れを作ること、流れを変えること
私が野球を見始めた時(30年ほど前になります)、投手は「先発」が最上級だった。
名球会入りの条件がかつては「200勝」のみだったことからしても、投手というものは先発して勝利してこそ価値があると見なされていた。
そこから少しずつ投手の役割が分業化され、守護神と呼ばれる抑え投手が評価されるようになった。
そして中継ぎにも「ホールド」という評価基準が生まれて、「中継ぎになりたい」と志願する若手も増えてきた。
昔、子供の頃には「先発としては少し能力が落ちる投手」がリリーフに回されていると思っていた。でもそれは違った。「能力が落ちる」ではなく「能力が違う」であると知った。
先発投手のように一週間かけて調整し、長い回を投げて試合の流れを作ることができる人。
中継ぎ投手のように短い回に集中しつつ、一週間に何度も投げる体力を持った人。
抑え投手のように試合の最後のプレッシャーのかかる場面で登板する精神力のある人。
それぞれその適性がある人がそのポジションに収まるわけで、そこにどちらが上でどちらが下という優劣はない。内野手と外野手はどちらが上かなんて議論をすることがないのと同じように。
しかし中継ぎの枠組みの中では知らず知らずのうちに優劣ができていた。
それは「勝ちパターン」か「敗戦処理」か。
例えばファイターズでは点差がついて負けている時、宮西尚生はまず間違いなく登板しない。
彼は勝ちパターンの投手だからだ。
若手の中継ぎも「勝ちパターンに入りたい」と目標をそこに定めている。
そんな中で今季、中継ぎ転向を志願したベテラン投手がいた。
金子弌大投手だ。
最多勝、最優秀防御率、沢村賞など数々の輝かしいタイトルを獲得した「先発投手」であるはずの彼は、ファイターズの移籍初年度から「勝ち星はどうでもいい。どこでも投げる。先発にはこだわらない」と言っていた。ファイターズでは「ショートスターター」を取り入れていたこともあり、昨年は先発やショートスターターの2番手で投げることが多かった。
しかし昨年のオフからずっと彼は「中継ぎで投げたい」「0勝でいい」「毎日投げたい」と言っていた。
そして今季はこれまで先発は1度だけ。あとは全てビハインドの場面で登板している。
そんなある日に読んだこの記事には
「『敗戦処理』という言葉をなくしたい」
という彼の言葉が書かれていた。そしてその理由も。
「もちろん、勝ちパターンで登板する投手は大変。だが、相手打線がノリノリのところで出ていく投手は本当に大変。もっと評価されるべきです。オリックス時代から考えていたことだけど(昨年に)日本ハムに来て、有原や上沢ら先発はいるので違う役割をしてみたい気持ちが強くなった」
彼の希望を叶える形でのビハインド登板が増えたが、最初は慣れない中継ぎということもあってか失点も多かった。
しかし昨日の試合は違った。
初回に4点、2回に2点取られ「相手打線がノリノリの」 3回から3番手投手として登板し、5回まで3安打無失点の好投を見せた。
金子の好投に応えるかのように、5回からファイターズ打線に火がついて、0-6から試合が終わってみれば7-9と大逆転での勝利を収めた。勝ち投手は金子。
悪い流れを断ち切り、良い流れを運ぶこの日のピッチングを見て、これが金子弌大のやりたかったことなのかと納得した。
これまで「試合の流れを作る」先発投手としての経験があればこそ、回をまたいでのロングリリーフにこそ真価を発揮する。1回で流れが変わらなくても、2回3回と好投を続けることで相手チームの勢いが削がれ、こちらは守備から良いリズムが作れる。「試合の流れを変える」投手は確かにもっと評価されるべきだ。
しかしその夜のプロ野球ニュースでは解説者から
「本来、金子はこんな展開で投げるピッチャーではない」
と言われていた。
「(金子ほどの実績のある投手が)文句も言わずに」
とまで。
自分が希望してそのシチュエーションで投げているのだから文句が出るはずはないのだけど、「大量点差のビハインドで投げることは投手にとっては不本意であるはずだ」という意識が透けて見える。私もテレビや雑誌やWeb記事で金子投手の発言を知らなければそう思っていたかもしれない。
まだまだ『敗戦処理』という概念は深く深く根付いている。
『敗戦処理』という言葉をなくすためには、やはり彼ほどの実績のある投手が、結果を残して周囲からの評価を上げるしかないのかもしれない。
「宮西が出てきたから、この試合は勝てる」
と思う試合もいいけど
「ビハインドだけど、金子が出てきたからまだまだわからないよ」
という試合も増えるといい。
若い投手が「金子さんのように流れを変える中継ぎになりたい」なんて言う日も来るかもしれない。いや、来てほしい。
私が子供の頃には「先発なし、リリーフのみで最多勝」という記録を作った投手がいた。
金子投手!今からでも最多勝、狙ってみませんか?
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