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「振り返らず 錆びた風は続くだろう」

何せ、切なさ大好き女なので。
今あるものを失ってもいいと思う狂気を飼い慣らせずにいた。
昔からセンチメンタルな話が好きだし、
好きになるのはロマンチストばかりだ。
私はリリイに、ルーシーに、ジェニーになりたかった。

でも、決して簡単に喪失するな、
その手にあるものは、絶対に手放してはいけないんだと。
だってこの世界はリアルで無様で、だからこそ切なく、
それはとてもロマンチックなことなんだと。
そう、教えてくれたのは、センチメンタルな曲を書く、
ロマンチストのあの人だった。

どうせ消えるなら晴れた日の朝がいいと歌っていたあの人は、
いつしか「お前の未来を愛してる」と叫び、
「愛し合う姿はキレイ」と歌うようになっていた。
「お前のそのくそったれの世界」がどうしようもなく愛おしい、と。

マイクコードを巻き上げ、歌うその姿も、
軽やかに踊るあの姿も、
ギターをかき鳴らすその姿も、
酔っぱらってレコードをフロアに投げつける笑顔も、
皮肉な言葉が飛び出すその口元も、
たまに見せるチャーミングな表情も、
ずっとできれば永遠にこの世界にあってほしかった。
私が生きるこの世界にあってほしかった。
あの人の未来を、私も愛してた。

あの人が歌った駅に向かう赤い電車の中で、
友からの連絡が鳴りやまなかった。
彼らは皆、愛をこめてあの人を「チバ」と呼ぶ。
チバが死んじゃった、
チバがいなくなっちゃった、
実感が押し寄せてきて(近しい人の死でそんなの、初めてだ)、
電車を降りてホームを歩きながら、声をあげて泣いた。

あの日心に沈んだ澱は消えない。
だから、失っちゃいけなかったのか。
こんな切なさは、胸の痛みはいらなかった。
あの人が歌ったように
この世界は確かにこんなに美しいのに
あの人がいない。

(あの日、今の私、どんな顔してるんだろうとふと冷静になって
自分を撮ってみたはずだったのに。
なんだか泡みたいな、変な写真が撮れてた。涙?)

どんなに泣いても、会えない。
だから私は、もう少しここで、
あの人の書いた切なくて、
ロマンチックな音楽を聴いていることにする。
またね、いつか。



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