2022天皇賞・秋 1頭VS14頭の戦い

2022天皇賞・秋では逃げるパンサラッサと2番手バビットとの差がどんどん広がっていき、1頭VS14頭で別のレースを行っているかのような展開となりました。何故そのような状態になったのか、ジャックドール視点で振り返ってみたいと思います。詳細を語るにはYouTubeだと難しく文字と平均完歩ピッチのグラフで説明していきます。

まずは0~100m区間のグラフ。比較レースとして同コースでの2戦、レイパパレに序盤プレッシャーを掛けられ厳しい逃げの形となった大阪杯、そして逃げない形でレースを行い勝利した札幌記念を挙げます。

逃げるはずであろうパンサラッサから6つ外の枠からの発走。スタートダッシュを決めパンサラッサの背後に迫るのが基本的なファーストミッションかと思います。札幌記念より僅かに速いレベルのピッチでスタートダッシュ。公式映像だと右上の秒数が『7』を示す辺りまでが0~100m区間。前後位置ではパンサラッサとほぼ同等。完璧と言っていいほどのスタートダッシュを決めました。後は2完歩後に始まるコーナー区間でパンサラッサの右斜め後ろに付ける形。このコーナーはまだスタート時の加速が終わっていない馬が多く、スムーズにクリアするのが厄介な箇所です。

次は100~200m区間のグラフ。

この区間、早々とマイペースの逃げを打てた同コースでの2戦とほぼ同じレベルまでピッチを緩めています。それだけいち早くスピードに乗せ余裕十分で前半200mを走ったことになりますが、この間、公式映像の10秒辺りで外からノースブリッジが並び始め、前半200mの僅かに手前、公式映像の12秒辺りでノースブリッジはパンサラッサの真横に並ぶまで進出していきました。スタート時の加速がほぼ終わったであろうパンサラッサは、最内ゆえにさほど必要がないものの、多少再加速気味にならざるを得ません。その様子は下記のグラフ線赤枠部分でイメージできると思います。

次は200~300m区間のグラフ。

元々逃げる意思を持っていないであろうジャックドールは前2頭から置かれ気味になりますが、外にはバビット、内からはマリアエレーナが進出し少々掛かっている様子が伺えます。逃げずに控えた札幌記念ではこの区間、ウェルカムSレベルまでピッチをきっちり緩めることができたものの、今回は緩めることが叶わず。折角200m手前まではいたって順調に推移していたもののリズムが乱れたというイメージでしょう。まさに「競い合う」競馬の一シーンですね。

次は300~400m区間のグラフ。

この区間では鞍上藤岡佑介騎手が抑え込み、リズムを取り戻したイメージ。白富士Sでは少しピッチの値が上下していますがこの比較5レースの中では最も緩められています。またウェルカムS、札幌記念は前の区間から既に安定走行に入っています。厳しい逃げを強いられた大阪杯ではようやく緩められたものの、まだピッチレンジは速いまま。

この400m通過ラップはジャックドールで24秒を切っています。ジャックドール自身の同コース3戦すべては24.4秒台。また過去の同レースで23秒台をマークしたのはシルポート、ダイワスカーレット、トウケイヘイロー等、僅かしかいません。5番手通過のジャックドールでさえこのラップですから、先頭集団はこの前半400mをかなり速いペースで走ることになりました。これが1頭VS14頭となった導火線です。

2、3番手のバビット、ノースブリッジは先頭のパンサラッサに付いていく選択肢はまずありません。そしてこの序盤のペースであり、特に2コーナーで無理をした格好となるため、この後はペースを落とし始めるのが自然の流れ。さらに言うなれば、このままのペースで行けば強豪ライバル馬に対してガチンコで勝負を挑む形。もし強豪ライバル馬のスキを突くとすればガチンコ勝負ではなくスローに落とすのが常套手段ですね。

その2頭の直後にいるジャックドール鞍上の藤岡佑介騎手も、自身のペースが速くなってしまったという感覚があっただろうと推測されます。200m手前まで順調に走れていたイメージがこの時点では吹き飛んでいた可能性さえあります。無理をするハメになればまずはペースを落とそうというシフトに流れていたと私は考えます。

次は400~500m区間のグラフ。

ジャックドールのピッチの緩め方は斜め直線状。リズムよくペースを緩めています。前を行くノースブリッジとの間隔はほぼ同程度で推移。

次は500~600m区間のグラフ。

ここでもリズムよくピッチを緩めペースを落とせています。前を行くノースブリッジとの間隔も前の区間とほぼ同じ。

次は600~700m区間のグラフ。

この区間で前を行くノースブリッジがようやくバビットと少し間隔を取るレベルまで下げることができましたが、2コーナーをクリアするころから絶えず制御できないように見えるほど折り合いを欠いていました。鞍上岩田康誠騎手がペースを落とそうとしてもなかなか折り合えなかった、そう、さらに前を行くバビットがどんどんペースを落としていったので、馬が対応しきれず、といった様相に見えました。

次は700~800m、800~900m、と2区間グラフを見ていきましょう。

ジャックドールは見事なまでに着実にピッチを緩め続けペースを落としています。200~900m区間、前2頭とまとめてピッチの推移を見てみましょう。

ノースブリッジ、派手なグラフを描いていますが乱高下しているのが内外ヨレまくってマリアエレーナを内に追いやったシーンとなります。スピードに乗せ過ぎて抑え込もうとしたら馬が暴れてしまったようです。

一方バビットとジャックドールは順調にピッチを緩めています。バビット鞍上横山典弘騎手は3歳時のセイウンスカイでの京都大賞典が顕著な一例ですが、ペースを落とせるものならどこまでも落としていくような、大胆な騎乗を行う第一人者です。そういった技術力は他の追随を全く許さないレベル。もしバビットがこれほどピッチを緩め続けることがなければノースブリッジの折り合いは早い段階で付いていたかもしれません。そして前述のようにペースを落とす方向にシフトしていたであろうジャックドール鞍上藤岡佑介騎手は、折り合い良く追走できていたので順調な追走状態という感触があったかもしれません。レース後コメントからもそんな想像ができてしまいます。しかし実態は横山典弘騎手のペースをスローにし続ける罠にハマっていたとも言えるでしょうか。

次は900~1000m区間。ここは3コーナーに入ったところです。

ようやく緩み続けるピッチにストップが掛かりました。ここで過去走全ての中間部分のピッチ推移のグラフを見てみます。見にくいと思いますが天皇賞・秋のみ黄色実線にしてあるので、他の11戦とのピッチレベルの差がわかればOKです。

新馬戦ほどピッチは緩んでいないものの、まだ勝てなかった2戦目未勝利程度まで中間点近辺ではピッチが緩んでいる、即ちそれほどペースが落ち込んでいたということになります。4番手のジャックドールでこれですから、2番手バビットから最後方を進んだカデナまでの14頭は、中間相当なスローペースを刻んでいたという解釈にもなるでしょう。1頭VS14頭の構図は、1、2着馬の完歩ピッチのグラフでも明確となります。

中間部分の波形の大きな差、そして1400~1500m区間でほぼ同一ピッチ。その後は波形が逆転しラスト100mは再度同一ピッチに戻るという、歴史的でドラマティックな2022天皇賞・秋というレースとなりました。

私がイクイノックスの想定勝ちタイムとしての値を1:56.9としましたが、実際には1:57.5。勝ちタイムのレベルとしてはあまり速くはなりませんでした。詳細は割愛しますが逃げたパンサラッサとて、やはりオーバーペースでタイムを落とす形になっていると思います。またイクイノックス始め他の14頭はスローペース過ぎてタイムを落とした形。したがってパンサラッサとバビットとの間にペース効率の良いゾーンがあったと思われます。そのゾーンに行ける可能性があった馬はジャックドールだろうというのは多くの方が感じたことでしょうし、私もそう感じます。果たしてそれが可能だったか、各種データを採った上での私なりの見解を最後に書いておきます。

多くの方が考えたであろうポイントの一つは3コーナーを回ってから進出したケース。勝ち馬イクイノックスは鬼脚と思えるような豪脚を見せましたが3コーナー半ばからの後半1000mのラップは暫定値で12.4-11.8-11.0-10.6-11.2。日本ダービーでのそれは11.50-11.11-11.43-10.96-11.34。まるで質の違う後半の走りです。つまりジャックドールが3コーナーを回ってから動いたとして、さほど遅れずイクイノックスも反応したらジャックドールを捕らえるのは容易だろうと私は考えます。このパターンが成功するにはイクイノックスらの後続勢が実際のレース同様動き出しがかなり遅くなって多大なマージンを築けない限り無理だろうと。それは少々非現実的化と感じます。

他には序盤もっと攻撃的に、というのがあるかもしれませんが、前述の通り序盤400mはかなり速く走っています。そもそも逃げて勝利を積み重ねていた時は序盤速く入ることは一切ありませんでした。それがレイパパレのプレッシャーを受けた大阪杯では一気に速い序盤のペースとなり、その要因で敗退した次走で即逃げない戦略を取っている以上、序盤を積極的にという選択肢は当初からなかっただろうと推測します。

唯一ペース効率の良いゾーンに入れる可能性があるとすれば、同馬のピッチレベルがスロー領域となった700mを過ぎた辺りからペースの緩みを食い止め、ノースブリッジを交わしてから3コーナーを回り、その後バビットを交わしながらじりじりとペースアップする形。このタイミングなら後続勢の動き出しがかなり遅れる可能性はあると思います。そうなれば差されないマージンを築くことができたかもしれません。しかし、こういったのは机上の計算ゆえ思い付く戦略であり、実際バックストレッチでのペースの緩む推移をデータで見た感想は、その緩み方が表現は悪いですがじわじわと真綿で首を締めるようなイメージであり、ペースが緩んだことに気付かせないほどの横山典弘騎手の匠の技。時すでに遅しとなっても何ら不思議ではなく、あるいは全く気付かぬまま、となっていたかもしれません。数十通りほどレースパターンを考え、横山典弘騎手のスロー戦術を注意していない限り、これもまた実現は極めて難しい戦略と言えるでしょう。

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