宝塚記念とジャパンカップ

阪神芝内回り2200m戦で行われる宝塚記念。「タフな競馬」になりやすいとよく語られますが、東京芝2400m戦で行われるジャパンカップと比較して、どの辺りが「タフな競馬」なのか探ってみましょう。

まずは両レースの過去10年の1位入線馬における、後半1200mでの100m毎の平均完歩ピッチの推移をグラフでご覧ください。ピッチのピークとなる区間は大きい丸印で表しています。

宝塚記念Pitch1

宝塚記念Pitch2

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宝塚記念では大多数の馬が、残り300~200m区間でピッチのピークを迎えています。一方ジャパンカップでは残り500~400m区間でピークとなっているケースが多く、これは当然の話になりますが最後の直線の長さが影響している結果となります。2010年の宝塚記念を勝ったナカヤマフェスタがその後、凱旋門賞で僅差の2着となったことから、宝塚記念が凱旋門賞に繋がるレースとして取り上げられる風潮があったようですが、端的なラストスパートという視点で言えば、凱旋門賞や他の欧州のレースと似ている点は全くありません。欧州の多くのレースでは、ピッチのピーク、即ち全開スパートに入る区間がもっと早い段階となり、ラスト1Fは脚が上がった状態での凌ぎ合いという形がよく見られます。近年ようやく英国でのレースにおける各馬の個別ラップが見られるようになり、こういったラストスパートのピーク時がどこになるのか認知されはじめていると思いますが、ラスト2Fと1Fのラップ落差が1秒以上というレースがザラにありますね。阪神芝内回りでの400mにも満たない最後の直線の長さだと、そういった欧州スタイルのラストスパートという形になることはまずありません。東京競馬場の方が、さらに言えば新潟芝外回りの方が、より欧州スタイルのラストスパートに近くなります。

以上のことは、あくまでも全開スパートのピーク時の話になりますが、平均完歩ピッチのグラフからもう一点、何か感じることはありませんか?何となくイメージできるかと思いますが、両レースの平均値をグラフにすると、ある傾向が一目瞭然となります。

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残り700~600m地点でクロスしていますが、その前後の波形の角度が大きく異なっています。この完歩ピッチをスピードに例えると、宝塚記念はじりじり速くなっていくのに対し、ジャパンカップは一気にスピードアップするようなイメージ。この傾向をラップで表現するならバックストレッチ区間を比較するのが程良いかと思います。次の表は、宝塚記念だと0~800mプラス1400~2200m区間、ジャパンカップだと0~800mプラス1400~2400m区間における200mの平均ラップを基に、800~1400m区間での200mの平均ラップの割合を示した値です。パーセンテージが大きくなれば、それだけバックストレッチの600m区間が緩んだことになります。

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宝塚記念では2015年が例外となりますが、その他はかなり似た値となります。一方、ジャパンカップは統一感なくバラバラ。強いて言えば牝馬が勝った年は概ね、バックストレッチでペースを緩ませている傾向にあるでしょうか。周知のことだろうと思いますが、宝塚記念は中盤ペースを緩めないままのスパート勝負、という図式が見られるわけです。冒頭に書いた「タフな競馬」という視点の真実はこの部分になるでしょう。私も安易に「ロングスパート」という表現をしてしまいますが、宝塚記念の場合は厳密にはロングスパートではなく、4コーナーまでに余力を殺がれやすい流れの中、最後の直線でグンとスパートできるか否か、という形と言えます。件のナカヤマフェスタは追走余力が他馬より上回っていた典型例だと思われます。

ジャパンカップの舞台となる東京競馬場は、2003年のリニューアル後、レースのおもしろみが失せたという声を耳にするようになりましたが、このジャパンカップの10年を見る限り、確かに中盤ペースが緩むケースが多々見られます。それでは2003年以前がどうだったかを、先日の競馬オタクさんでの企画で名を連ねた日本ダービー馬で検証してみましょう。今年の日本ダービー馬コントレイルを含め全19頭におけるバックストレッチ部分のペース比率を表にしてみました。

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サンデーサイレンス産駒の登場により、レースの質、端的な表現ならば上がり特化のレースが増えた印象がありましたが、現にサンデーサイレンス産駒の2、3年目となる1996、1997年の勝ち馬は中盤でペースをグッと緩ませています。旧東京競馬場でもこのようなレーススタイルがあったわけで、またおもしろいことに、その2年の勝ち馬はサンデーサイレンス産駒ではなくCaerleon産駒、ブライアンズタイム産駒というオチ。いろんな複合的要素の上で成り立っているものの、つまるところ、レーススタイルに影響を与える大部分の要素は騎手の思惑ですね。レース序盤が速かろうが遅かろうが、中盤ペースが緩みがちなのが日本競馬の特徴であり、欧州は道中ペースが緩むことがあまりありません。そういった面からすれば、宝塚記念で好走できる馬は凱旋門賞でチャンスがある、というのは確かに一理あるところです。また、ジャパンカップもここ3年は宝塚記念以上とも言えそうな実にタイトな流れで、高評価すべきレースでした。


折角なのでこの両レースで目に付いた馬について少し触れておきましょう。宝塚記念ではやはり連覇したゴールドシップ。完歩ピッチのピーク区間が一味違います。特に2013年は内外にいたライバル馬2頭の心を折るような早めのスパートは見事の一言。そして最もハイレベルなパフォーマンスを見せたのはオルフェーヴル。追走ペースは決して緩いわけではなかったのですが、最後の直線に向いて猛然とピッチを上げ爆発的なラストスパートを披露。中距離戦における追走力が極めて高い能力をまざまざと見せつけたレースでした。

ジャパンカップはアーモンドアイとエピファネイアの2頭。アーモンドアイはサラブレで紹介したのでここでは省略しますが、エピファネイアは、ただただ凄い。出走馬全頭、余力を殺がれる流れの中で強烈なピッチアップ。このグラフだけを見ればスローからの一気のスパートに見えてしまうほどの波形でした。

最後に今回の宝塚記念で大本命に推されるであろうサートゥルナーリアの追い切り2例の平均完歩ピッチをグラフにしてみました。一つはスミヨン騎手騎乗での昨年の天皇賞・秋の直前追い切り、もう一つは先週行われたルメール騎手騎乗の宝塚記念1週前追い切り。それぞれ追い切り内容のオーダーが違うでしょうから単純比較できませんが、スミヨン騎手騎乗の時は高スピードを持続させるような終いの走りに対し、ルメール騎手騎乗の時は手応えが楽に見えたものの、サートゥルナーリアはほぼ全開走行。ラスト400mは11.0-10.8程度でした。

サートゥルナーリア

ルメール騎手はラストスパートのピーク時をよりゴール寄りに持って行く技術力に優れていますが、このサートゥルナーリアに関しては、神戸新聞杯、金鯱賞の2レースでは本人の意図よりも気持ち早いタイミングで、サートゥルナーリア自身が踏み出していると感じます。4コーナーまでユッタリとしたストライドで追走していれば、最後の直線でビュンと素晴らしいスパートを見せるはずですが、そういったレースができるかどうかがポイントになります。半兄エピファネイアと本質は良く似ていますね。


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