2021菊花賞 振り返り

タイトルホルダーとオーソクレースに的を絞り、2021菊花賞を振り返ってみたいと思います。まずはタイトルホルダーの前半1000mを逃げ切った弥生賞と比較してみましょう。

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前半200m辺りまで、ハナに立つためよく踏み込んでダッシュを効かせています。シュネルマイスターを完封した弥生賞と比べ、200~300m区間以外は絶えず平均完歩ピッチの値が下回っています。菊花賞ではこの後弥生賞の倍の距離を走らなければならないので、後にどこかで緩める必然性が伴う逃げの形。レース前に3:03.1くらいの時計が出ても良いとTweetしたのですが、その想定タイムを基準としても前半1000m60.0はちょっと速いラップ。最終的な結果から楽な逃げを打てたのは確かですが、逃げるために序盤で労力を費やしているのは間違いありません。この逃げのスタイルを考える上で欧州12Fのレースと比較してみましょう。

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2020コロネーションCをレコード勝ちしたGhaiyyathの平均完歩ピッチの推移、これが欧州長距離路線での強力先行馬のレーススタイル通常形と言えます。スタートダッシュを効かせないものの、その後もほぼ一定のリズムで走るスタイル。この様子だと日本のレースではハナに立つのが前半500m以降となりそうです。一方2019凱旋門賞では2020コロネーションCより断然速いピッチで飛び出しその後も緩める度合いが少ない逃げ。フィエールマンとブラストワンピースがまるでレースにならないほど大バテしたのは、この厳しいペースにスイスイ付いて行ったからです。2020英ダービーを逃げ切ったSerpentineはじわじわとピッチを落としつつある効率の良い逃げですが、スタートダッシュをがっつり効かせているわけではありません。今年の英ダービーは勝ったAdayerの波形通り序盤ペースが速まりました。注目点としてはHurricane LaneのAdayerとの波形の違い。どんどんピッチを落として行ったAdayerと違い、前半300mまでピッチをさほど落とすことなく、その後もゆったりとしたリズムで走ることができず、この序盤で余力を失う度合いが大きかったのがAdayerと着差が開いた主要因。これらの例と比較してタイトルホルダーの前半200mまでのスタートダッシュはいかにも日本競馬らしいスタイルであり、特に3000m戦という舞台ならこの大きな負荷の穴埋めをどこかでなさねばならないわけです。次は他の出走馬との比較でさらに細かく見ていきましょう。

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ワールドリバイバルとのハナ争いを制したタイトルホルダーですが、スタートから200m近くびっしりダッシュを効かせたわけですから鞍上横山武史騎手はいち早くペースを落としたかったはず。しかし200~300mでピッチを落としたものの次の区間はほぼ同じ値。これは外からモンテディオとエアサージュが迫ってきたことに煽られた影響によるもので、本来なら200~400m区間を11.1程度のラップより落として走らせるイメージだったと推測します。この400m地点の通過は5番手グラティアスで24.4程度、7番手ディープモンスターで25.1程度。早々と各馬の間隔が広がる展開となりました。1986年以降の阪神芝2000m以上(2500m戦を除く)のレースで逃げ切った370頭中、タイトルホルダーの400m通過は21位タイ、600m通過は9位タイ、800m通過は8位タイ、1000m通過は22位タイでした。タイトルホルダーに迫ったモンテディオとエアサージュ2頭の鞍上はさすがにペースが速いと思ったことでしょう。その後タイトルホルダー以上にペースを落としていったのはラップとともに平均完歩ピッチの推移でも立証されています。前述の通りタイトルホルダーはどこかでペースをじっくり落とす必然性が高まった前半の走りでした。

結果的に2番手追走モンテディオの鞍上は横山武史騎手の兄である横山和生騎手。逃げる弟のガード役みたいだと思った方がいるかもしれませんが、序盤で弟にプレッシャーを掛ける形になっていたのも事実なんですよ。そういうのは下衆の勘繰りの範疇だと私は思います。

ここからは2着のオーソクレースとの比較で前半・中盤・後半1000m毎の走りを比較してみましょう。

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大外18番枠発走となったオーソクレース鞍上のルメール騎手は、腹をくくってじっくり進もうという意思があったかと思います。もし道中遅ければ押し上げる選択肢も含めて。ただ、200mを過ぎてから若干促したところ掛かってしまうシーンがありました。また、1周目ホームストレッチでも若干行きたがる素振りを見せ、こうなると鞍上の心理としては押し上げる選択肢を消失させてしまう状況だったと推測します。これは一つの誤算だったのではないでしょうか。結果的に勝つための位置取りを取ることができず前半の走りは非常に良くなかったですね。そういった位置取りという意味では4着ステラヴェローチェも同様。武豊騎手鞍上のディープモンスターが序盤7番手というのは違和感がありました。各々の馬によっては能力的な部分を加味する必要があるものの、全馬未知の3000m戦といえど消極的なジョッキーが数多くいました。次は中盤1000m区間。

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タイトルホルダーは1200m地点辺りから緩やかにペースダウン。序盤で無理したツケをこの辺りから取り返す必然となる動き。完歩ピッチ的にグッとペースを落としたのは100m区間ほど。その後は緩やかにペースアップしています。ラップの値ほどの急減速ではありませんし、後続勢は差が詰まりつつあるも1コーナーをクリアしてからは差が縮まらないもどかしいような感覚だったかもしれません。1400~1600m区間に該当するこのタイトな1コーナーは自ずからペースが落ちます。直線部と比べ200mで少なくとも0.2秒以上は自動的に遅くなります。またレースの中間点付近でもあるため、位置取り関係なくペースを最も落として走らせようとする区間でもあります。オーソクレースを中心とした待機勢がペースをグッと落としたタイトルホルダーに迫れば、結果が変わった可能性があると思ってしまう気持ちはわからなくもないですが、そもそも公式最遅ラップの14.3という値が独り歩きした影響が大きいのも事実。また、押し上げるためにはコースロスを覚悟しなければなりません。1周目のゴール板手前にある1200m地点でこの2頭の差は2.7秒ほど。そこから2コーナー1600m地点までの間にタイトルホルダーの背後に迫るためには、この400m区間を24.5ほどで走破しなければならず、コースロスおよびコーナリングによる減速率を加味すれば200mで実質12秒を切るほどのレベルでなければ到達しない領域。仮に1800m地点で追い付くとしても、200m平均実質で12秒前半のラップが必要。後者なら、例えばゴールドシップがトライする価値は十分あるでしょうが、それほど強い馬に乗っているという自負がなければチャレンジするのは不可能だと思います。

この阪神競馬場芝2000m戦のレコードは1:57.2、3000m戦のレコードは3:02.5。200mの平均ラップなら前者は11.72、後者は12.17。その差は0.4秒以上あります。つまり、2000m戦の感覚でラップの値を見ては意味がないということ。ちなみに序盤最後方から2番手に押し上げたセファーラジエルの1600mまでのラップは、14.0-12.1-12.5-12.4-12.6-11.5-12.0-13.1程度。次は後半1000m区間。

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ここからはラスト○○○mという表現に切り替えましょう。タイトルホルダーはラスト900m辺りからじわじわとペースアップ。一方オーソクレースはラスト1100m辺りから追い上げ開始。レース序盤では掛かるシーンがあったものの、ここからは馬の反応が今一つよくありません。ラスト1000m地点ではタイトルホルダーとの差は1.4秒ほど。中盤で余力損失度を最小限に留めたタイトルホルダーを捕らえるのは不可能といえる状況。終始追い通しとなったオーソクレースは、それでもラスト400mからピッチを上げ、なかなかタフな後半の走りをしておりステイヤーらしさが感じられる内容。総括すると2頭とも未経験な距離ながらもタイトルホルダーは難なく対応でき、オーソクレースは対応しきれなかったイメージでしょうか。

散々話題になったことですが1998菊花賞でのセイウンスカイと1000m毎のラップが似ている件。ラップ比率ならセイウンスカイが102.5%-95.0%-103.0%、タイトルホルダーが102.6%-94.1%-103.9%。横山一家のことですから父のあの逃げ切りは、横山武史騎手の頭の中のデータベースに刻まれているはず。しかしセイウンスカイは前走京都大賞典での実験的走りがベースとなった快走であり、横山武史騎手のコメントを聞く限り真似る意図は当然なくて、さすがに偶発的事象でしょう。もしハナに立った直後、前述の通り後ろからのプレッシャーがなくノンストレスで逃げたとしたら、前半1000mは60.5ほどのラップとなり、その分、中盤での緩め方はもっと少なくなり、結果としてより速いタイムで駆け抜けた公算が高いと思います。そうなれば終盤ふるい落とされる馬が増え、そのタイミングも早まり、オーソクレースは当然のこと、ステラヴェローチェはもっと後半レースがしやすかったはずで、タイトルホルダーの影は踏めないものの三冠全て3着という可能性は高まっていたことでしょう。

タイトルホルダーは序盤で苦労した分を余りあるほど中盤で挽回し、後半も生き生きとした揺るぎのない走り。ラストスパートも実に見事で、ラスト100mはメンバー中最速だったかもしれません。スタートからゴールまで一貫して集中した走りをしており文句なしの内容。弥生賞で逃げた時から感じていたのですが、この絶えず走りに集中している様は、私としては往年の逃げ馬メジロイーグルの走りにイメージがダブります。素質があってこそですが、鍛えられ感が満載で人間のアスリートっぽい競走馬ですね。1頭だけ3000m戦に耐えられる準備万端で菊花賞に挑み、その練習の成果を実戦でそのまま発揮したような、素晴らしい走りを見せてくれました。今後も更なる活躍を期待できると思います。

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