現代によみがえるか、女傑テスコガビー

桜花賞で最も印象深い馬と言えば?と問われたら、私が名を挙げるのはテスコガビー。もっとも、私がリアルタイムで見た最初の桜花賞はインターグロリアが勝った1977年。テスコガビーはその2年前の勝ち馬でしたが、毎年桜花賞の時期になるとテレビの競馬中継やスポーツ紙でテスコガビーの名をいつも見ることとなり、あの衝撃的なブッちぎりのレースを見れば、テスコガビーの魅力に取りつかれるのは当たり前でした。ということで、テスコガビーの桜花賞を振り返ってみようと思います。

この桜花賞の公式ラップもレース同様、目が点になるほど衝撃的なモノです。

12.3-11.3-11.4-11.2-12.2-12.3-12.8-11.4

ラスト200mの衝撃的な値はさておき、注目すべき点は前半600~800m区間の11.2というラップ。2006年4月まで、阪神芝1600m戦は現コースでいうところの内回りでの施行。この前半600~800m区間は3コーナー部分。通常ならそれまでの直線部より減速する形になるのですが、逆にこの区間が道中最も速いラップとなっているわけです。ちなみに1986~2006年4月までの芝1600m戦全1009レースにおける各区間の平均ラップタイムはこのようになっていました。

12.79-11.41-11.61-12.04-12.03-12.16-11.98-12.43

現存する、この1975桜花賞のレース映像では、この問題の区間で逃げるテスコガビーの姿があまり映っていないので、その走りの様子が克明にわかるわけではありませんが、中間点手前では2番手追走ハギノクイーン以外の馬が徐々に離されているのがわかります。大多数の馬が付いていけなくなっているんですね。上記の平均ラップの推移を軽く超えるほどの厳しいペースでテスコガビーが逃げているのは確かです。ただ、この区間でさらにラップを上げるのというのは少し考えにくい形。

レース映像上、ゴール板到達時を勝ちタイム1:34.9に合せてタイム計測開始時を逆算してみると、ハロン棒やラチの関係上やむを得ず助走距離を長く取っている京都ダート1800m戦や新潟ダート1200m戦と同様の状態にあります。つまり、通常の5mの助走距離でタイム計測を開始すると、勝ちタイムは1:35.2程度。黄旗が振られるタイミングに合せてタイム計測を開始しても同様のタイム。この辺りが上記の公式ラップに影響が出ているようなのです。

バックストレッチ部分に関しては、手動計測によるラップタイム計測はそうそう狂うことがありません。前半200mからの11.3-11.4というラップは問題なし。また後半800m、600mは自動計測である他、映像から割り出しても値に問題なし。あくまでも推測なのですが、各区間の手動ラップタイム計測は振られた黄旗に合せて計測し始めた結果、前半600mまでの12.3-11.3-11.4はその通りで、手動計測上のレース走破タイムは1:35.2。しかし自動計測によるレース走破タイムが1:34.9であったため、その差の0.3秒分を埋めるべく前半600~800m区間で調整したのではないか、という見立てとなります。数年前だったか、Secretariatのケンタッキーダービーでの走破タイムがビデオ検証されるというケースがありましたが、同じようにこの桜花賞を検証すると、テスコガビーが刻んだ走破タイム、ラップタイムはこんな感じではないかと思います。

走破タイム:1:35.2
12.3-11.3-11.4-11.5-12.2-12.2-12.0-12.3

とはいえ、今の時代では目立たないものの、当時としては燦然と輝く1:34.9という勝ちタイム。それはそれで尊重したい想いも大いにあります。前半200mのラップを速めた、以下のラップ推移だったと今回は結論付けしてみたいと思います。

走破タイム:1:34.9
12.0-11.3-11.4-11.5-12.2-12.2-12.0-12.3

次はスピード指数を割り出してみましょう。この桜花賞前日は芝戦が5レースありました。【】内は現行だったらこれくらいのクラスになるか、という記述となります。

◆土曜7R 4歳600万下【3歳2勝クラス】芝1800m戦
上位3頭の平均走破タイム:1:50.20

◆土曜8R 4歳300万下【3歳1勝クラス】芝1300m戦
上位3頭の平均走破タイム:1:17.47

◆土曜10R 5歳以上1000万下【4歳以上4勝クラス】芝1900m戦
上位3頭の平均走破タイム:1:55.67

◆土曜11R 5歳以上400万下【4歳以上2勝クラス】芝1900m戦
上位3頭の平均走破タイム:1:56.33

◆土曜12R 5歳以上オープン【4歳以上オープン】芝1800m戦
上位3頭の平均走破タイム:1:48.63

桜花賞当日の芝戦は3レース。

◆日曜6R 4歳オープン【3歳オープン】芝1600m戦
上位3頭の平均走破タイム:1:37.93

◆日曜8R 5歳以上700万下【4歳以上3勝クラス】芝2000m戦
上位3頭の平均走破タイム:2:02.47

◆日曜9R 桜花賞 芝1600m戦
上位3頭の平均走破タイム:1:36.10

各施行距離の基準タイムを以下のように設定。

芝1300m:1:16.3
芝1600m:1:35.9
芝1800m:1:49.4
芝1900m:1:56.0
芝2000m:2:02.7

各クラス格差を踏まえると、日曜8Rのレベルが最も高く、土曜11、12Rがそれに準ずるというイメージになります。当時と現代の競走馬のレベルの違いがどうなのかという、話せば大変長くなる考察がありますが、それはまたの機会ということで、現代の基準に照らし合せて考えてみると、私が算出したテスコガビーのスピード指数は88。近年の桜花賞で最も高い指数を出したのがアーモンドアイの86なので、それはそれで、やはりレベルの高い走りをテスコガビーが見せたのは間違いないところだと思います。ただ、上記の基準タイムは、芝1300mの値に比べると芝1600mは少し遅く設定した値。スタート後の2コーナーでのロスを多少踏まえた部分があり、当時の芝走路の状態で前半200mを12.0で走るためには相当なダッシュ力が必要という側面もあります。

最後にテスコガビーの完歩ピッチがどうだったかを検証してみましょう。前半600~700m辺りでは映像にテスコガビーが映っていませんが、ラップタイムから推測値を割り出しています。そしてテスコガビーとの比較馬として、チューリップ賞でのメイケイエールの値を並べておきます。

画像1

この1975桜花賞出走馬22頭の内、馬体重が450kg以上の馬は4頭のみ。テスコガビーは最重量の478kg。牝馬としては大きい馬体でしたが前半100mでは猛然とピッチを上げスタートダッシュしています。この値は先日の高松宮記念でハナに立ったモズスーパーフレアとほぼ同等。スプリント戦でも通用しそうなくらいスピードレンジの高い馬です。ハナに立った後、前半100mからはすぐさまピッチを落とし、高スピード巡航状態。この前半部分で他馬の余力を吸い取ってしまったという、まさに暴力的なレースぶり。この背景にはガンガン行くだけではなく鞍上の指示通りスピードコントロールできる、テスコガビーのストロングポイントがあります。ちなみに比較例のメイケイエールとは、残り900~800m地点で走りのリズムがシンクロしています。その後は若干メイケイエールの方が緩んだピッチとなっていますが、大まかな波形としては似ていますね。

もう一つ、メイケイエールが序盤最もピッチを上げた小倉2歳Sとの比較グラフを見ていきましょう。前半800m区間となります。

画像2

仮に押してメイケイエールをダッシュさせても、テスコガビーほどの初速までには少し至らないと思いますが、抑え込みながらもこれくらいのピッチで序盤を走ったケースであり、メイケイエールの高スピード巡航能力はテスコガビーに近いモノがあるんじゃないかな、と思わせる走りの質なのです。

メイケイエールのチューリップ賞辺りからだったでしょうか、私がTwitterでテスコガビーの名を挙げるようになったのは、メイケイエールが走る様子を見るとテスコガビーを強く思い出されるから、という理由だったのです。まあ、スピードコントロールに関しては似ていない、と言わざるを得ない今までのレースぶりですが、さっさとハナに立てば同じ道を歩める可能性が少しはあるかもしれません。「テスコガビーが現代によみがえった」。そんな光景を目にすることを私は期待しています。

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