2020天皇賞・秋 振り返り

久しぶりに全頭個別ラップ(0.1秒単位)を載せてみようと思いますが、初めてご覧になる方に向け、留意点を書いておきます。その要旨を端的に表せばこうなります。

「ラップの値を独り歩きさせてはアカンよ」

ラップの値の背景をよく踏まえる必要があります。では、以下にその具体的な内容をいくつか記しておきましょう。

◆コース形状を考える

平坦なALL直線600mを12.0-12.0-12.0で走ったとします。これと同じ力の入れ具合で、東京競馬場芝コース残り600mを走ってみると、200m毎のラップは概ね次のようなパターンになるだろうと考えられます。

12.05-12.10-12.00
12.05-12.15-12.00
12.10-12.15-12.00
12.10-12.20-12.00

残り600~400m区間では、74.1mがコーナー部、残り450mを過ぎた辺りから1m弱ほど坂を上ります。次の残り400~200m区間では引き続き残り300m辺りまで1m強ほど坂を上ります。したがって平坦な直線200mより必ずラップは遅くなります。実際のレースではまず起こらないことですが、残り400~200m⇒残り200~0mで、みんな大好き加速ラップを刻むためには、0.1秒以上ラップを上げないと実質的な加速ラップにはなりません。また、この東京競馬場芝コース残り400m区間と対極にあるのが、阪神競馬場芝外コースとなりますね。

◆全開スパート時にトップスピードを持続できる距離

Trakusを用いてラップタイム計測を行っている競馬場はかなりありますが、ドバイ・メイダン競馬場では100m単位での個別ラップが公開されています。時々誤計測データが含まれているので厄介な面があるものの、100分の1秒単位で概ね正確なデータとなっています。そのデータとレース映像から推測すると、全開スパート時にトップスピードを持続できるのは時間にしてせいぜい7~8秒程度、距離にして長くても150mくらいという感触があります。また、トップスピードの定義を10分の1秒単位で考えたとしても、距離にして300mほど。例えば平坦コースの最後の直線400m区間を全開スパートした際、200m毎のラップが11.0-11.0だったとします。これ、400mにわたってトップスピードを維持していることはまずありません。100m毎のラップにすれば、5.52-5.48-5.47-5.53とか、あるいは5.54-5.46-5.48-5.52といったように、スピードが変化しているんですね。一気にピッチを上げてくるような超瞬発力タイプなら、この間のスピード変化の落差が大きいでしょうし、瞬発力に欠けるストライドタイプなら、その落差が小さかったりするわけです。その一方、レース序盤の余力十分の区間で11.0-11.0と刻んだら、それはスピードコントロールされた上でのラップですから、ずっと一定のスピードで走っている可能性が高くなります。同じ11.0-11.0でも、その区間が違えば別物と捉える必要があるのです。

◆10分の1秒単位でのラップの場合、100分の1秒となる部分の解釈

1:08.3の勝ちタイムだった今年のスプリンターズS。レース中にリアルタイムで表示された前半600mの通過タイムは32.7。入線後、電光掲示板に表示された後半600mは35.5。結果、公式ラップの前後半は32.8-35.5となりました。JRAが100分の1秒単位の計測値をどうしているか定かではありませんが、リアルタイムで表示されるラップと上がりラップでの100分の1秒単位の値は切り捨て、勝ちタイムでは切り上げているんじゃないかと思います。例えば前後半32.75-35.54だったとしたら、勝ちタイムは1:08.29で100分の1秒単位を切り上げて1:08.3。前後半600mの値は電光掲示板表示の後半ラップを優先し、つじつまが合うよう前半600mのラップを切り上げて32.8-35.5としていることも考えられるわけです。つまり、100分の1秒単位をどう扱うかによって、0.1秒変わってしまうのです。

また、この天皇賞・秋で1着だったアーモンドアイの勝ち時計が1:57.80ちょうどだったとしましょう。とすると、1:57.9の公式走破タイムとなった2着のフィエールマンの走破タイムは1:57.89辺り、3着のクロノジェネシスは1:57.92辺り。この2、3着馬くらいの程度ならまだ良いのですが、1:58.6だった5着のキセキは1:58.68辺り。10分の1秒で個別ラップを作る場合、この0.08秒をどうするか、凄く悩まされるところがあります。

レース映像から100分の1秒単位でラップ計測するのは可能なのですが、かなり骨の折れる作業なので今回は10分の1秒単位としています。また、100分の1秒単位は基本四捨五入。ただ、ラスト200mだけはできる限り切り上げとしています。例えば10.90~10.91くらいだったら10.9としますが、10.94とかだったらそれは、なんちゃって10秒台となるので11.0にしますね。10.9と11.0、11.0と11.1の違いは同じ0.1秒ですが、10秒台か11秒台かという部分においては見る側の印象が大きく異なってきます。冒頭で書いたように、ラップの値を独り歩きさせる方がホントに多いですから。

アーモンドアイのラスト200mは11.25程度と思われますが、これを11.2とはしたくないところ。そうするとラスト600~200mは21.8となります。レース直後に計測した際は600~400mの方が僅かに速いかもなあと思ったのでこの区間を10.8-11.0としましたが、やはり10.9-10.9の方が妥当だとしました。このように僅かの差を出そうとするなら0.2秒のラップ差となったりするので、四捨五入しようが切り上げ切り捨てしようが、落としどころがとても難しい部分が背景にある、と踏まえていただきたいわけなのです。

◆風の影響

既に認知度はかなり高まっていると思いますが、風が吹けばラップタイムに必ず影響を及ぼします。今回の天皇賞・秋のレース時では、最寄りの府中観測所の風速データによると平均風速が南東2.4m/s、最大瞬間風速が東南東4.3m/s。この日の馬場の速さ、そしてこの程度のペースにしては極めて速い上がりタイムをマークしていたので、3~4コーナーの中間からゴール板まで、追い風の恩恵がいくらかあったようです。もし最後の直線で向かい風成分2m/s以上の風を終始受けていたなら、2、3着馬がマークした上がり600mは32秒台となっていなかったはずです。

最近はほとんど目にしなくなりましたが、開催日の数日前から、および土日間で降雨がないのに、日曜日になって馬場を速くしたとか馬場を遅くした、という意見がありました。水を撒けば多少影響を及ぼせるでしょうが、あの広大な馬場の敷地ですから自然の降雨には遥かに及ばないレベルにしか過ぎません。また、逆に馬場の硬度を増して馬場を速くする芸当なんか、自然現象での乾燥しか手立てはありません。それでも実際の走破タイムに違和感を覚えざるを得ないケースがあります。それはほぼ100%、風の影響となります。したがって同じ速さの馬場状態だったとしても、風の向き・強さを無視して同じ土俵でラップタイムを比べるのは無意味です。

というわけで前説が随分長くなりましたが、当レースの全頭個別ラップ表をご覧ください。上がり600mは公式データと0.1秒違っている馬が何頭かいますが、どっちでも取れるレベルの違いでしかありません。中山競馬場や札幌競馬場とは違い、この東京競馬場で発表されている各馬の上がり600mは、かなり正確です。

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2着のフィエールマンと3着のクロノジェネシスは、スタート後挟まれて好位置を取れなかったという騎手のレース後コメントがありました。想定していた位置取りが叶わなかった無念さはよくわかります。ただ、好位置を取れなかった=スタートダッシュで余力を温存できた、でもあるわけです。勝ったアーモンドアイは2コーナーで外を通り脚を使って前半400mを25.5。そこを無理せずクロノジェネシスは25.9、フィエールマンは26.2。もし、この2頭がアーモンドアイと同程度の位置まで進んで行ったのなら、実際にマークしたのと同じ上がり600mのラップはまず刻めません。競馬でも陸上競技でも、逃げても追い込んでも、かならずラストスパートを行う形になりますが、その質はそれまでの余力消耗度に全て委ねられます。前回の記事『コントレイルのレースと調教』でも書きましたが、200m12秒台のラップは、いわゆるジョギングとは程遠いスピードで走っており、0.1秒違うだけで余力消耗度が必ず変わってきます。前半400mで余力を相当温存して走った後方2頭は、後半1600mをスカーレットカラーが92.5、カデナが92.3で走り、92.3で走ったアーモンドアイと差があまりないんですね。また、この2頭は上がり600mが33秒台後半と速くありませんが、それは上位3頭より残り1000mから前倒しでペースアップしているから。速い上がりの脚が使えなかったのではなく、使った区間が違うのです。

Twitterでもちょっと書いてみましたが、昨年と今年のアーモンドアイのラップを比較すると、その余力消耗度のイメージが掴めるかと思います。馬場差は昨年の方が2000mでちょうど1秒速いというのが私の計算上の値。単純計算で200mに付き0.1秒速かったと思います。昨年の同レースを勝ったアーモンドアイをアーモンドアイA、今年の走りを昨年にスリップさせたのがアーモンドアイBとしてみましょう。ただし、風の影響はイコールとした単純比較になりますが。

アーモンドアイA
走破タイム:1:56.2
前後半1000m:59.6-56.6
前半1400m:82.4
後半600m:33.8

アーモンドアイB
走破タイム:1:56.8
前後半1000m:60.9-55.9
前半1400m:84.0
後半600m:32.8

アーモンドアイBは3コーナーの中間点をアーモンドアイAより1.3秒遅く通過。昨年も最後方を進んだカデナの1馬身前の位置取り。そこから残り600m地点まで、さらに0.3秒遅れて追走した結果、昨年より1.0秒速く上がり600mを走りました、ということです。もちろん、これは昨年と今年、アーモンドアイが同じ力量を誇った、という視点の上での比較論ですが、1着から0.6秒差という、レースの勝ち負けには程遠い超後方の位置取りをして、前半1400mを1.4秒遅く走ってやっと、上がり600mを1秒速く走れるのです。今年、もしキセキと同じくらいの位置をフィエールマンとクロノジェネシスが取ったとしたら、その馬群に2頭が加わることによって、馬群のペースは間違いなく速くなりますし、逃げるダノンプレミアムまで影響を及ぼすかもしれません。とするとレース経験上、より速いペースで走り慣れているのはアーモンドアイ。今回はアーモンドアイにとって遅すぎる巡航ペースでもあり、アーモンドアイが2コーナーでこの位置を取った時点で、アーモンドアイの勝ちはほぼ決まったようなモノだったと思います。もし、アーモンドアイが負けるとしたら、出遅れる等のアクシデントによりフィエールマンかクロノジェネシスの位置取りとなってしまい、そのアーモンドアイがいなくなった位置取りで走れたフィエールマンかクロノジェネシスが勝てたのでは、という解釈が妥当だろうと私は考えます。

それにしてもアーモンドアイの上がりも十分速かったのですが、フィエールマンとクロノジェネシスの末脚はかなり凄い内容だったと感じます。というわけで、この3頭のスパートの様子を細かく見ていきましょう。後半1000mにおける50m毎の平均完歩ピッチのグラフです。アーモンドアイとフィエールマンが50mに要した完歩数は6と7が半々、クロノジェネシスは大多数が7完歩となります。また、大きな丸印になっている区間は手前を替えた箇所となります。

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アーモンドアイとフィエールマンはピッチのリズムが近い間柄。中距離カテゴリーとしてはまずまず標準型。クロノジェネシスはピッチタイプと分類しても良さそうなタイプです。ラストスパートの始動、あるいはその助走と言うべきか、最も早く動き出したのはクロノジェネシスで残り700mから。次いでアーモンドアイが残り650mから。フィエールマンはほぼ残り600mからと見てよいでしょう。クロノジェネシスはその後じわじわとスピードを上げ、最後の直線に入り手前を替えて一気に全開スパート。残り500~200mまで、300mをほぼ同等のピッチで走り続けるという、一心不乱なガチンコスパート。よくもここまでアクセルを踏み続けられるなあというほどの凄まじい根性を見せ付けられた感想です。さすが、宝塚記念を楽にブッちぎるだけのド迫力の走りでした。

フィエールマンは進路確保してからの残り450mから全開スパート開始。追い出すのが遅れたように見えますが、前方にいる馬は4コーナーを回って即スピードアップしているので、フィエールマン自身の不利益はさほどなかったことでしょう。レース序盤のペースも含め、脚を溜め込むだけ溜めてスパートできたような状態。坂を上りながらグングンとスピードアップしていきました。菊花賞、天皇賞・春を2連覇した長距離戦と、スパートするまでの流れは同じ構図。超A級の怒涛の末脚でした。

アーモンドアイの最速完歩ピッチ区間は300~250m区間ですが、ルメール騎手が本格的に追い始めるまでの段階、残り500mからほぼ全開スパートに入っていると思われます。できる限りトップスピードを維持するのにふさわしい、実になめらかな完歩ピッチ推移であり、このような走りをさせられる騎手と、それにキッチリと応えられる馬だからこその、G1を8勝という大記録達成かと思います。

一生懸命にひたすら前を追っていたクロノジェネシスと比べ、4コーナーを回って手前を替えてからゴールインするまでアーモンドアイは2回、フィエールマンは3回手前を替えています。もし、競走馬の1完歩に要する時間を1000分の1秒で計測でき、地面を蹴る際の力を計測でき、10分の1秒毎に時速が計測できたのなら、手前を替える際のメリット・デメリットの全貌がわかるはず。アーモンドアイはいつものことですが、フィエールマンも手前を替える際に、長く空中に浮いています。長くといっても100分の2、3秒の違いですが、手前替えのアクションが大きいと長く宙に浮いている分、失速する度合いが大きくなります。実に細かいレベルですが、手前を替えて左右の脚のリフレッシュができたところで再加速、あるいはスピードを維持するためにより多くの力を使う必要に迫られるので、単に手前を替えるべき、というのは一長一短あるんじゃないかと私は思うのです。で、ちょっとおもしろかったのがゴールまで残り5完歩という段階でアーモンドアイが手前を替え、それにつられるようにフィエールマンも手前を替えたシーン。この2頭の間にクロノジェネシスがいるので本当につられたわけではないでしょうが、歯を食いしばって走っているクロノジェネシスと、この2頭は対照的でした。実に個性豊かな3頭の攻防は見応えがありましたね。

アーモンドアイは昨年ダノンプレミアムに0.5秒差を付け今年はスローの中0.4秒差。まずまず昨年並みと見て良さそうなんですが、少し衰えが見られたんじゃないかという見解もまたありますね。アーモンドアイが残り200m辺りから内にササり始めますが、すぐさまその角度より鋭角的にクロノジェネシスとフィエールマンが内に向かっているので、アーモンドアイの伸びがあまり目立たなく見えるのは通常映像の画角的な問題による錯覚でしょう。クロノジェネシスとフィエールマンを消して見れば、アーモンドアイは凄い伸びを見せたと絶賛されているはず。全く衰えは見られない、という意見で埋め尽くされていたようにも思います。また、クロノジェネシスとフィエールマンも、他の2頭を消して見れば驚愕のパフォーマンスと絶賛されたことでしょう。

最後になりますが、実に素晴らしいレースだったものの1点だけちょっと残念なことが。グリーンチャンネルの通常映像では、残り310m辺りから6.4秒間ほど、フィエールマンの姿が消えているんですね。強烈にスピードアップしているところが映っていないんですよ。翌日にはレーシングビュアーのターフビジョンカメラの映像で確認できるのですが、フィエールマンを本命にして馬券を買っていた方や、フィエールマンを一番に応援されている方には、かなり残念な映像となっていました。リアルタイムでは、アップいらないんです。JRAオフィシャルのYouTubeチャンネルで今回のレース映像が見られますが、この怒涛の末脚を見せたフィエールマンの走りの全貌を、全世界に見せないのは凄くもったいないです。今回ばかりは特別に、ターフビジョンカメラの映像を特別編集してYouTubeチャンネルで公開して欲しいですね。期待しています、JRAさん!!

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