トロワゼトワルから考察するクッション値

京成杯AHを2連覇したトロワゼトワル。今年は斤量が3kg増え、勝ちタイムは3.6秒落ち。その走りの違いを踏まえつつ、今開催から発表されたクッション値について考察してみましょう。

最寄の気象庁船橋観測所の風速データを見ると、昨年は15:40~15:50の平均風速が南東3.0m/s、最大瞬間風速が南東7.1m/s、今年は平均風速が東1.5m/s、最大瞬間風速が北東3.4m/sと、今年の方が風が弱いデータとなっているものの、ゲート付近での手動タイム計測用の黄旗を見る限り、今年も昨年同様の風向および風の強さだっただろうと思います。では、最初に100m毎の平均完歩ピッチの推移を見ていきましょう。

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昨年はスタートダッシュを決めビュンビュン飛ばす展開となりましたが、今年は鞍上横山典弘騎手のコメント通り、テンでさほどダッシュを効かせず道中は逃げるスマイルカナの2番手。200~300m区間では今年の方がピッチを速めているものの、前半700mまで波形が上になっているように、中盤までは抑え気味の走り。その分、ラストスパートでの余力は今年の方があったようで、ピッチが幾分上がり2番手ながらも差す、という競馬スタイルとなりました。

次は200m毎の個別ラップ(0.05秒単位)と平均ストライド長を見ていきましょう。

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0~200m区間は0.20秒落ち。完歩ピッチも緩んでおり、この区間での馬場の速さの極端な違いは感じられないものの、200m以降はラップ差がかなり大きく、400~600m区間では1.10秒もの差がありました。昨年は逃げてまさにマイペースでの走り。400~1000m区間にわたって8mオーバーという素晴らしい大きな走り。タイムトライアル的な視点なら理想形の一つと言える内容だった一方、今年は2番手に控えた分、若干緩めた完歩ピッチ以上にスピードが落ちており、例えば400~600m区間だと上記ほどのラップ差は実質なかったと考えられます。とはいえ、同じ良発表の馬場では相当な馬場差があります。また、4コーナーから最後の直線前半部に該当する1200~1400m区間でのラップ差はあまりありませんが、これは前述の通り道中の走りの違い、余力の残し方に大きな違いがあり、今年はギュンとラストスパートできる余力があったわけで、同等の馬場状態なら今年の方が格段にラップが上がっていたはずです。あくまでも私個人の算出値になりますが、昨年より今年は1600mで2秒後半、おそらく2.8~9秒時計の掛かる馬場状態だったと判断しました。単純計算で200mに付き0.3秒後半もの、大きな馬場差があったことでしょう。例えるなら良から稍重を通り越して重に変更されたくらい、同じ開幕週でも別物な馬場状態となりました。

さて本題のクッション値に関して、金~日曜日までの3日間では、中山競馬場芝コースの含水率が11.6-10.2 ⇒ 9.6-10.3 ⇒ 10.4-11.5と推移しましたが、クッション値の推移は10.8 ⇒ 11.2 ⇒ 10.1。9/8(火)から降雨はなく9/11(金)9時のクッション値が「やや硬め」に分類される10.8だったことから、まずまず例年通りの高速馬場と考えていた方が大多数だったと思いますが、土曜3Rの2歳未勝利1200m戦では、まだそれほど多くの雨量があった段階ではなくとも上位5頭の平均走破タイムは1:09.96。出走メンバーのレベルを考えると、例年通りの高速馬場状態から1秒以上は遅い決着。京成杯AH当日朝のクッション値は10.1でこれも一応「やや硬め」の分類。しかし前述の通り高速馬場とは無縁の状態。この中山開幕週のみの結果でも、馬場の速さとクッション値の因果関係はほとんどないと言って良いのではないでしょうか。

古くはblogでも、またTwitterでも過去に何度も触れたフレーズですが、こちらのリンクをご覧ください。

この文献の注目フレーズは「受動的荷重」と「能動的荷重」。また、人間が走る際の着地衝撃に関する論文だと「受動的衝撃」、「能動的衝撃」と表されています。

昨年、JRA施設部馬場土木課へのサラブレの取材に同行した際、現在クッション値の計測に用いられているクレッグインパクトソイルテスターのデータが、この「受動的荷重」と一致する物なのか、といった辺りの細かな話を伺いたかったものの、その取材時の大命題は日本の芝馬場が「ガラパゴス馬場」と揶揄されているのを払拭したい、また、その結果としてジャパンカップへの外国馬誘致に繋がることになれば・・・、という形だったので、詳しく話は聞けませんでした。ただ、先のリンク先の論文では重量4kgの紡錘型の重りを80cm自然落下、現在使用中のクレッグインパクトソイルテスターでは重量2.25kgの重りを45cm自然落下、という測定方法が、競走馬が走路を踏み込む際の衝撃値の代替値として、本当に適しているのだろうか?という疑問が以前から私にはありました。もっと素人的な話で噛み砕くと、クレッグインパクトソイルテスターの重りが馬場表面から例えば2cm沈み込んだとしたら、競走馬が走路を踏み込んだ際だと2cmより深く沈み込むのではないの?という疑問です。もう少し進んだ視点だと、馬場の速さを決定する要因は、競走馬が地面を蹴った際に受ける反発力(地面反力という言葉でも良いのでしょう)に他ならないわけです。

この内容を次のような表現でイメージできるかもしれません。以前プロ野球でホームランが量産された際、使用されている硬式球の反発係数が話題になりました。その反発係数が低くなったと思われた年、特定の選手はホームランを量産できるも、他の選手はグッと減ったことがあったと思います。もし金属バットオンリーなら、反発係数と極めて近い相関関係となるホームラン数となったように思いますが、木製バットだと違いが出たわけです。硬式野球の特に打撃コーチの方に教えてもらったことがあるのですが、大げさに表現すればボールをバットで捉えた後、グッと押し込むように打たないとボールは飛ばんよ、と。つまりクレッグインパクトソイルテスターで計測されたクッション値は、この硬式球の反発係数とイコールに近い形、クレッグインパクトソイルテスターで計測できない更に深い部分が、木製バットに相当するのではないかと。言い換えれば、その深い部分がより金属的な状態になれば、それに応じてスピードが出る馬場になるのではないかと思うのです。

昨年の秋の中山開幕週でのクッション値はわかりませんが、トロワゼトワルが京成杯AHを連覇した他、ジャンダルムが昨年トロワゼトワルより斤量3kg重くて0.6秒差の3着、今年は1kg重くて0.2秒差の4着となったことからも、昨年との純粋なタイムは、馬場の速さの違いを考える上で信憑性が高いケースといえる側面もあり、また競馬場は違いますがアーモンドアイが2018ジャパンカップで大レコードをマークした際のクッション値は9.8。僅かな違いとはいえ、今年の京成杯AH当日の方がクッション値が高かったわけです。今年の中山開幕週は偶然にも、導入されたばかりのクッション値の概要を露わにする馬場状態だったことと思います。後の興味は週が進んでタイムが速くなるのか、もしそうなった場合、クッション値も比例して上昇するのか、という点です。以前、野芝オンリーだった時代は120G(クッション値を10倍した値)あったケースがあるそうですが、それを超える「硬め」と分類される12以上になるケースがあるのかが興味あります。さて、どうなることやら・・・。


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