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おっさんの覚悟

昔知り合いがやってるボクシングの興行を見に行ったときにさ。
30歳もとっくに越えてるのに6回戦かなんかのおっさんがいたんだよね。世界チャンピオンを狙うような天才じゃあるまいし、普通のボクサーとしちゃロートルもいいとこだ。んで、そんなおっさんのことなんて、普通はまあ、誰も見向きもしない。声援だってほとんどない。でもこのおっさんは違った。おっさんには一大応援団がついていて、複数ののぼりが出ていた。トランクスにも、ところ狭しとスポンサーの名前が刺繍されていた。


俺は驚いて、おっさんの試合に注目することにした。ゴングが鳴ると、おっさんが異例の人気を維持している理由がすぐにわかった。おっさんは、ゴングが鳴った瞬間、1ラウンド最初の一秒から、全力中の全力のラッシュをかけたのだ。おっさんの応援団はもう超大盛り上がり。釣られて会場もプチ盛り上がり。もちろん、そんな全力が持つわけないから、おっさんは1ラウンドの終わりには全てを出しつくし、クリンチを重ねた挙げ句2ラウンドの途中でKOされた。すべてが一瞬で終わったけれども、おっさんの見せ場は強烈に印象に残った。

1ラウンドからあんなラッシュをかけたら、おっさんの体力なんかすぐ尽きる(テレビで見るようなボクサーはそもそも全員超人で、普通のボクサーがラッシュをかけられるのなんてほんの一瞬だ)。その上、相手が万全な状態でラッシュをかけたとて、倒せる可能性は極めて低い。

だから、競技的にはまあ、そのラッシュどうなのと。勝つ気あるのともなるのかもしれないんだけど。今よりずっと若く、独立したばかりだった俺には、なんか天啓みたいに刺さったんだよね。ああ、人に金とか時間を使わせるってことに対する責任とか覚悟って、こういうやり方もあるのかなみたいなさ。おっさんの体力だと、最終ラウンドにラッシュかけるのはたぶん無理なんだろうし、力を出し惜しんでてもKOされたり封殺される可能性も高いんだろう。でも、最初にラッシュをかけちまえば、とりあえず最初から見せ場はあるから、金とか時間を使って見に来てる人たちに、ああおっさん何も見せ場なかったなと思わせることには絶対ならないわけじゃん。そういう外れくじは絶対引かせない。そのために、今の自分の力量でできることをやる的な。それがおっさんなりの責任とか覚悟なのかなって思ったんだよね。

もちろん、俺が思ったことは、おっさんに確かめたわけでもなんでもないからさ。俺の勝手な思い込みだったのかもしれないというか、普通に考えれば、単に引退試合とかだったのかもしれない。でも、当時独立したての俺にとっては、自分に金を出すお客さんを満足させるって何なんだろう?って真剣に考え直すきっかけになったんだよね。おっさんがいなかったら、今の俺はいない・・・は言いすぎだけど、今ぼちぼちやれてるきっかけの一つには間違いなくなってる。

武尊天心みたいなスーパースターじゃなくても。キックだろうがボクシングだろうが。リングには本当に色々な想いが詰まってる。

そんな話。

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