斉藤勝久の「麻雀バカ一代」記 第3章

不穏な噂


「おはようございます。斉藤主任」


 その声は朝から元気に麻雀屋に響き渡る。


 俺は10時出勤。15分前に店に到着する。普段は俺が早番の中で1番乗りなのだが、本日は違った。すでにやる気満々で制服に着替え、意気揚々と牌掃をしている人がいた。


「主任!自分はまだ新人なので、遅番からのレジの引き継ぎのチェックお願いします。卓掃と牌掃は自分がしますから。そうそう、フロアの掃除掛けと階段掃除はもう終わってますから」


 まだ復帰して間もないヤギさんだが、やる気満々で仕事をしていた。彼のやる気は、俺には尋常じゃなく感じた。麻雀屋のスタッフというのは得てして、そのやる気が空回りする。やる気と共に麻雀の成績も比例すればこんなに良い商売は無いと思うが、そう簡単なものではない。それがメンバー稼業である。

 普段バカをやる俺も、メンバーの時は気持ちをオンからオフに切り換える。通常、プライベートがオフで仕事がオンであるが、麻雀屋のメンバーは仕事をオフにするぐらい気持ちを落ち着かせ客に対応しなければ、客に良いように食われてしまう。気持ちを押し殺し、リラックスの中に緊張感を持ち、常に冷静にだ。

 勝たなくとも、負けない麻雀を心掛けなければならない。そして、客を楽しませ、自分がいくばくかプラス、という状況がメンバー冥利ということになる。しかし、それが難しい。


 遅番の主任の安藤陽一、通称「アンちゃん」が俺のところに眠そうな顔で寄って来た。


「かっちゃん、レジは大丈夫だから、現金とゲーム数と売り上げだけ確認して」


 俺はいつもの感じで答えた。


「アンちゃんがさ、どうせさっき確認してるんでしょう。なら安心、安心。もしなんかあれば責任取ればいいんでしょ。タラなければ俺が埋めるだけだからさ」


 面倒くさいレジ点検をせずに引き継ぎをしようと、呑気な返答をした。

 すると、アンちゃんが俺をレジ裏のカウンターに呼んだ。そして、俺の耳元へ小声で話しかけてきた。

「実はさ、あの彼。新人といっても俺より年上だし、メンバー歴は俺より長いから安心してたんだけど…。彼さ、昨日も一昨日も仕事に入ってたんだけど、そのまま帰らないで朝まで残り打ちしてんだよね、家にも帰らずに。別にそれを非難するわけじゃないんだけどさ。ここなら食い放題の飲み放題だしね…」

 なんだか深刻そうな顔で俺にさらに語りかける。しゃべりは尽きない感じだ。

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