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斉藤勝久の「麻雀バカ一代」記!

悪友の誘惑

「おい!かっちゃん、一発さ、勝負しに行こうよ」


 アン君がいきなり俺を誘った。二人共に持ち合わせがないはずだが...と、その誘いに疑問を感じた。 

「俺は青札1枚しかないよ。それに、これであと5日間過ごさないと...」
 

 こいつはいつもこうだ。人の生活の事なんか考えてはいない。食いもんは実家から仕送りと一緒に送られてきていた。だから5日くらいは腹を空かさないで過ごせるだろう。そのくらいの量が部屋には備蓄してあった。僅かだが、ポン酒も4~5合残っていた。贅沢しなければ十分生活できる。そんな状況もあって、俺はバイト代が入る5日先まで部屋に引きこもり、のんびり静かに過すことを考えていた。そんな矢先の誘いである。

「気にすんなよ!かっちゃんさ、俺も青が1枚しかねえし、だから勝負だべ!これじゃ給料日まで全然遊べね」


 ほぼ同じような文無しの二人だが、双方には温度差があった。彼は本当にお気楽な奴である。

「今月はさ、給料日まで静かに過ごすべ、アン君さ、実家に帰るか彼女んとこでも行けばいいじゃん」


 俺は冷静に諭すように言った。

 「かっちゃんの言いたいことはわかるけんどさ!そんなんつまんねえべ、まあちょっとさ、かっちゃんのとこで新作見てから考えるから」
 

 なにが言いたいのか、俺にはよく理解できなかった。その彼は、落ち着かない様子で俺のベッドに座り込んだ。背負っていたデイバッグをおもむろに下ろし、人のベッドの上でそのバッグの中身を出し始めた。雑誌やらおもちゃやら、ノートから文具まで出て来た。俺のベッドの上で、ちょっとした雑貨屋が始まったようだ。

「お!出て来た、出て来た。ほい!かっちゃん」

 いきなり、俺にラグビーボールをパスするかの如く、続けて2本のビデオテープが飛んできた。パッケージを見ると、それは俺の苦手なアダルトであった。SМ物と獣輪物だ。

「アン君さ、俺こんなんさ、だめだからホント!好きだよな、お前って本当に!」

 俺は不快な顔で声を荒げた。

「見たいなら勝手に見てていいからさ!俺は麻雀でも行くよ。俺、本当駄目なんだわ...」


 アン君はニヤニヤしながら、もう1本のテープを俺に向けて投げてきた。慌ててそれをキャッチする。どうせまたエロ系だろうと思いながらも、渡されたテープを見る。

 それにパッケージは無く、ダビングしたらしいテープであった。 テープの背中に貼ってあるラベルを見る。すると、そこには懐かしい文字が書かれていた。それを見た俺は、 荒げていた声を猫なで声にして言う。

 
「アン君さ、こういう俺が見たい奴持ってきてよ。最高だよな、麻雀放浪記ってさ。俺さ、中学のとき、もう何度飽きるほど見たことか。メッチャ名作だよ、ETより良かったよ」

 俺は機嫌を直し、冗舌に話した。俺の話を聞きながら、彼は雑貨屋を開いたままベッドを立った。そして台所に向かい、俺の貴重な食材とポン酒を引っ張り出してきた。

「まあ、しょうがねえ、かっちゃんの好みでいくか。俺はAVがいいんだけどな」

 そんなことを言いながら、包丁の音が鳴る。彼は以前、居酒屋やイタリアンでバイトをしていた経験があり、料理はお手の物であった。見る見るうちに俺の食材をつまみに変えていった。テーブルなど無い俺の部屋の床に、次々と料理が並ぶ。あっという間に6品出来た。 


「俺の彼女より出来るよ、アン君はさ。すげえな、女にしたいよ」


 俺は冗談混じりに、思わず褒め言葉を並べていた。簡単料理ではあったが、味付けは良かった。その料理とビデオを肴に上映会が始まった。上映中、二人は共に話さず、それに見入っていた。俺の部屋では酒をすする音、肴をむさぼる音、そして画面の中の牌の音だけが響いていた。

 貴重な酒が切れかけた頃、料理は綺麗に無くなっていた。ビデオの方も終盤に入っていた。 


「かっちゃん!俺さ、ウズウズしてきたよ。もう駄目だ、我慢の限界かも。やっぱ勝負だべ」


 そんな事を言いながら、また俺を誘ってきた。酒と牌の音に心地よくなっていた俺も、後先を考える能力は無くなっていた。

「勝負はいいけど、どこ行くんさ。種銭がねえじゃん」

 彼は知り合いの店があるから、俺に最初のゲーム代があれば大丈夫だと言いだした。テンションの上がっていた俺は自分の懐の事も忘れて、詳しい話も聞かずに彼とノリノリになっていた。もう、どうにも止まらない状態だった。二人で意気投合し、部屋を後にした。

若気のいたり

 
「タクシー代ももったいねえからさ、歩いて行くから、いいよね!かっちゃん。まあ、歩いて2~3分だから」


 他人がみれば只の酔っ払いだ。しかし、これも青春だ。聞けば目標の場所は目黒の辺りとのこと。三茶からなら、まあ、そんなに遠くはない。歌を歌いながら、放置自転車に16文キックを喰らわせ、自販機にはラリアット。着 く頃にはお互い、アザだらけになっていた。

「ここだべさ、ようやく到着、到着~。ピンポンパンポ ~ン~」


 彼は酩酊を通り越し、泥酔のようだ。俺は3分のウォーキングに酔いも醒めかかっていた。

 あらためてアン君に詳しい事を聞いた。ゲーム代は青1枚、一発・裏ドラの祝儀もだ。レートは3-3-6で、 ルールはアリアリとのこと。気分の良い俺は、それくらい聞いただけで彼とその店に入って行った。

 その店は、飲み物から食い物までサービスであった。入店して待合に座りながら、いきなりアン君が店員にむかって握り寿司を頼んだ。俺は動揺した。しかも、ゲーム代しか持ち合わせていないことに心臓は高鳴っていた。彼は彼で呑気に寿司を頼み、ウーロンハイを飲み始めていた。

「おいおい、もう飲まないほうがいいよ」

 と、俺は動揺した顔で言った。


「かっちゃん、焦りすぎだよ。タダなんだから、かっちゃんも頼めばいいじゃん。あっ、そうそう、もしすぐにカード引かれるようなら言ってよ、回すから」


 神経が図太いというか、何も考えていないというか、 彼の発言に驚きを隠せなかった。よくよく状況を考えると、俺達はいわゆる「無鉄砲」ってやつだ。そんな俺の思いを他所にして、彼はご機嫌に言い放つ。


「ここで凌ぐ方法をアドバイスしてやろうか。まず、真っ先にカードを引くことだよ。俺らさ、金ねえじゃん。分かる、かっちゃん!OK~」
 

 彼はどうやら、まだ酩酊中のようだ。彼を頼れないと思った俺は、もうどうにでもなれと、出たとこ勝負で挑もうと腹を括った。

 先にアン君が卓に着いた。俺は待合から「家政婦は見た」状態で覗きこんでいた。早速、彼の大きい声が響いた。

 
「2千、4千の2枚オーライ」


 有言実行だ。俺は流石だと思った。料理とは別な意味で、彼に尊敬の念を抱いた。

 その声にホットしたのか、改めて店内を見渡した。卓は2卓しかなかった。なんだか普通のマンションのようだった。店員らしき人が二人で、あとは女の子が数人、ウェイトレスをしていた。どうやら普通の麻雀荘とは違うらしいことに、ようやく気が付いた俺であった。 


「斉藤さん、お待たせしました。ご案内です」

 アン君のいない、別のもう1卓に案内された。そこに移動中、アン君が俺に青札4枚を渡した。

「なにかあったら言ってよ!じゃあ、頑張って」

 なにかあったらって、どういう事かと思いながら卓に着いた。高鳴っていた心臓も正常になり、落ち着きを取り戻していた。よし、気合いを入れてカッパグぞ、と意気込んで席に座った。

 俺の好きな起家スタート。気合いでサイコロを振り、配牌を取った。第1打を捨てる。南家が尋常じゃなく気合いの入ったツモリ方をした。

「ちっきしょー」

 と言い放ちながら捨て牌を横に曲げた。なんと悲しいサイコロ名人の俺である。しょっぱなからダブリーの洗礼だ。他の二人はそれに怯むことなく淡々と打牌をする。今度は 西家が3巡目に牌を曲げた。その西家があっさりと一発で3枚オールをツモリアガる。俺の残金はあっさりと青1枚になる。まだ東1局のことである。

 東2局が始まる。もう後のない俺は腕が縮まる。鳴かなければいけない牌が鳴けない。当然、いつもなら嫌うターツが切れない。そんな状況に、またもや親からリーチが入る。続けて南家が追いかけリーチ。俺は更に縮まる。またもやあっさり2枚オールを引かれる。

「すいません。ちょっと祝儀待ってください」

 俺はアン君に聞こえるように大きい声で言った。彼はそれに気が付き、青3枚ほど都合をつけてくれた。しかし、その光景を見ていたマネージャーらしき人がやってきて言った。

「卓上内、卓上外の貸し借りは禁止です。されたら即退場でお願いします」

 俺はゲーム途中にも関わらず、途中退場となった。僅か数分のことだった。思えば当たり前のことである。聞けばそのマネージャーは、俺がバイトをしている麻雀屋の店長とオーナーの知り合いだったこともあり、その場は穏便にすんだ。しかし、そのことを店長に連絡し、そして店長が俺を迎えに来た。

 その店の待合で俺は、店長とそのマネージャーから散々のお説教をくらった。

 だが、「若気のいたり」という言葉に助けられた。

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