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【第11話】 いよいよ社会人として世にでることに

その後もいくつもの企業を受けて、受かったり落ちたりしてました。
ホントはね、大手の自動車企業も受かりそうだったんです。

そしたら最終面接で日本の地方勤務かミャンマーで働いてくれって言われたんです。
せっかく日本の東京の近くで働くためにインドネシアから出てきたのに、
田舎に行って働くことや東南アジアに戻るのはイヤだなと思って、
丁重にお断りをしました。

そんな中、ビビっときた企業が一つだけあったんです。
そう、皆さんもご存知のコンビニチェーンの一つです。
コンビニといえば日本で生活していると、みんなが毎日一回は行ってると言っても過言ではない生活インフラのひとつ。
日本のコンビニっていたるところにあるのに、
どのお店も毎日数百から数千の人が通っていてモノが買われているんですよ。
色んなことが一気に知れると思ったし、
そんな環境で食品開発だったり店作りがしてみたりして、日本のこの狭い土地の中で、
どうすればより付加価値を出すことで利益を上げるかを勉強してみたくて
そのようなことを面接の時に行ったら面接官もいい感じの反応をしていたので、合格すると思っていたし、合格してからもそこに入るって即決でした。

もう一個、面接の時に印象的なことがあって、
その面接官は、

「これからの日本には外国人がたくさん移民としてくると思う。
だからこれからは社員としても外国人をたくさん雇って、その外国人たちにも快適に使ってもらえるような店作りをしていきたい。
まだインドネシアではウチの店舗はないから、キミが先導を切ってインドネシアにウチの店舗を立ち上げたらインドネシアのパイオニアになるね。これから色んなこと任せるよ」

と、面接の中でそんなことも言ってくれました。

色んな大人と今まで付き合ってきてはいましたが、
自分のやりたいことをやらせてくれるって言ってくれる人は初めて出会いました。


そこの会社で働き始めてからはこんなことをやっていました。

・商品開発
・顧客分析
・店舗開発

そのコンビニで今でも売られているパンを開発したり、
どんな顧客がどのエリアだとどんなモノを買う傾向にあるかで、
そのエリアに流すモノを増やしたり減らしたり、

店舗開発もかなり一生懸命やっていて自分が関わってできたお店は5店舗くらいあります。
しかもその5店舗は外国人だけのチームで作っていて、
中には日本で一番の売り上げを達成したお店もありました。

なかでも大変だったのは、そのチームで作ったお店をそのチームメンバーを中心に運営をしていたので、
例えばバイトが夜勤を欠勤したとなったら、
その穴をそのエリアを担当しているメンバーが埋めなければなかったんです。

なので朝から外回りをして帰って家でゆっくりしていたら、
バイトの欠勤で急遽呼び出されるなんてこともザラにありました。

まぁ学生時代から同じような生活をしていたこともあり、
体力的には大丈夫だったんですが、予定していなかった無理をしなければいけないことを続けるとやっぱり精神的に参っていた時期もあって、
毎日仕事終わったあとにバックヤードに置いてあった、凹んでたり汚れていたりで商品としてはお店に出せない缶ビールや酎ハイを引っ張ってきてはひたすら飲んで飲んでの毎日で一時期本当にアルコール中毒になりかけてました。

いまでこそブラック企業とかどうとか色々言われていますが、
一つの企業が国のインフラ的な役割を担う裏側では色んな人が大変な思いをしていて、それが良いとは思いませんが、そういう時があったから今があるって考えると、そういう機会を全部無くしてしまうことが本当に良いことなのかは僕にはわかりません。

ブラック企業っていうレッテルを一度貼られてしまうと若い人が働こうと思わなくなってしまい、人が集まらなくなり、そこで働いている人たちがより一層大変な思いをしなければならなくなるので、
もうこうなったら早いとこアマゾンGoみたいなお店がもっと増えていかないかな?と思っています。

ここでも年がら年中働き通していたので、もうちょっと自分のやりたいことだったり、
将来を見据えていきたいと思っていたので、数年働いてやめる決断をします。

また今後の自分の人生を決める大きな決断をくだすのもちょうどこれくらいの時期だったんです。

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