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【ロック少年・青年小説集】「東京にやってきた④~ロックビデオを見に行こう後編~」

店を出たユキオはアートシアター新宿を探した。

靖国通りは初めてだった。

途中に楽器店もあり、たのしくなってきた。
しかし、アートシアター新宿が見つからなかった。


放映時間にはまだ一時間近くあったので焦りはないが、何しろ新宿の駅前以外は初めてきた場所だったので早いとこ見つけておきたかった。

番地を控えてきたので住所の表示を見ながら行くと思ったより早く見つけられた。

しかし…こんな小さな劇場だったとは。

アングラの聖地という感じはしなかった。

入り口に待ってる客のような人が数人いた。

いかにもロック通の雰囲気に気後れしたので辺りを歩くことにした。


東京は思ったよりも木々は多くて初夏の都会になんだかしびれた。
歩いているだけで楽しくて仕方がなかった。

喉が渇きそうだったので、缶ジュースを飲んでおこうと思った。
東京は自販機が充実していて興奮する。

缶のファンタグレープをなんとなく買った。
一気に飲み干す。250㏄では足りない。

もう一本と思ったが、やめておいた。
あとで、瓶の1リットルを買おう。
そのほうが安い。

アートシアター新宿に戻ると、
もう客は中に入っていた。

開場時間が30分前だったらしい。

前に座ると気おくれがするので、
前から数えて5つ目くらいの端っこに座った。

おしっこが近いこともある。
念のためトイレにいったが、
やたら汚いことに閉口した。

どうして、この手の劇場のトイレはくさいのか。

そうこうしているうちに、席はかなりうまっていて、
ぴあと手ぬぐいしか入っていないプーマのバッグを置いてある席に戻った。

しばらくして、なんだかわくわくしてきた。
狂熱のライブは2回目だった。
1回目をどこでみたのか、いまは思い出せない。

ビデオではなかったと思うんだが、
でも、レッドツェッペリンをだいぶ聴いてきたので、
かつてよりは楽しめそうだ。

上映が始まると、拍手と歓声が一部で上がった。
後ろの二人の通な感じの青年たちは、どうやらバンドをやっているらしい。

来ている客は自分よりは通なファンらしいことがわかってくる。
ロバートプラントの子どもが出てくると「あの子死んだのよね」というお姉さんの声がきこえてくる。

演奏が始まると、後ろの二人の解説が始まった。
じゃまといえば邪魔だが、
話はレッドツェッペリン通っぽくて参考になった。

ボンゾのドラミングと音がずれていて、
これは音楽を修正していると話している。

もちろん、ジミーペイジも大幅に音は加えているだろうという話も聞こえる。

おもしろいので、お客さんの通の会話に聴き耳をたてる。

500円のミュージックテープで聖なる館のアルバムを買って聴き込んだせいか、たいへんに楽しい。

ライブを見て、演奏している曲を知らないというのは、やはり損をしているような気分になる。

音が大きいとまではいかないが、
このレベルで音楽を聴く習慣がないので、新鮮だった。

どれも、かっこいいじゃん。
ジミーペイジ下手っていうけど、
ユキオからみたら、天才としか思えない。

悪魔的な演出というのか、
ブラックサバスとかを聴いてきたので、
慣れているが、やっぱり気味が悪い。

趣味のいい映画ではないな。

ユキオは丘の向こうにとかが好きになっていて、
永遠の詩もたのしく聴けるようになっていた。

印象に残ったのは胸いっぱいの愛をのメドレーで、
ブギーママというあたりが、とてもかっこいいと感じた。

これを下手くそで済ますってのも…
ジャズなのかな?(ユキオはまだヒルビリーだとかジャンプブルースだとかアメリカのディープな音楽を知らない頃だった)…この手の音楽がいちばん好きになりそうな予感がした。

裾野が広い音楽なんだと理解できた。底の浅い、つまらないロックとは違って…いろんな要素が入っているんだろうな。
その要素の知識が自分にあったら、もっとレッドツェッペリンがたのしくなることは間違いないだろうと感じていた。

上映まえよりもリラックスした観客は、満足してシアターを退場していく。

ユキオは満足していた。
レッドツェッペリンのフィルム自体以上に、
自分が自力でこのイベントに来ていることに満足していた。

外国人アーティストのコンサートには行ったことはあるが、
ライブハウスにはまだない。

いつか、自力でライブハウスにロックを見に行こう。

空気をたくさん吸ったような広がった視界のなか、新宿駅に向かって歩いた。

スーパーでファンタオレンジの1リットル瓶を買った。
映画の中で「ジミーペイジがオレンジジュースを大びん」で直接飲む真似をして飲んでみた。

まだ、新宿・靖国通りの通りは暑かった。
喉が渇いていたのであっという間に1リットル瓶を飲み切った。