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三人の魔術師:番外編 モノベさんの日常16「ある占い師との思い出④ 終わり」

マリネ先生の占いが終わった。

マリネ先生の食事の用意が、いま座っている席とはまったく違うカウンターに置かれた。

私が占いに呼ばれた。
こんな最低な気分は久しぶりだった。


マリネ先生の占いが終わるとき、占いの先生はマリネ先生の背中に手を入れ、マリネ先生の片手を水晶玉のようなものの上に置き、そのうえに占いの先生の手をのせて…なにやらスピリチュアルな施術のようなことをしていた。

それが意味するものは不明だったが…女性の背中に手を入れる光景が不快であった。

不快感は怒りになり、反発心を生み…私の意識を強くさせてくれた。
先ほどまで感じていたビビりは消えていた。


「先生、よろしくお願いいたします」
「ここに荷物をおいて、ここに座りなさい」

先生の向かいに座ろうとすると激怒された。
「ここに座りなさいといっているのがわからないのですか」

「ここ」は先生の向かいではなくテーブルからずれたソファの部分だった。
かつて神経内科の先生に「真向かいに向き合うと鏡のようになって相手の情報がすべてわかってしまいやすくなる」という話を聞いたことを思い出していた。

もしかしたら、この人はわざと正対することを避けたのだろうか?
意外に小心な人なのかもしれないと思った。

「5分前に来なさいといっていたのになぜ約束が守れないのか」という間欠泉がいきなり噴き上がる。そして、昨日の予約の取り消しの件の説教が噴き上がる。

噴き上がったまま、10分はその話であった。
マリネ先生の「なるほどですね~」「すごいですね~」「勉強になります~」「ありがとうございます~」というパターンの繰り返しを聞いていなかったら卓袱台返しで帰っていたかもしれない。


マリネ先生のパターンに「大変失礼をいたしました」を加えて、
私は熱湯を避けた。間欠泉はやっと15分くらいでおさまってきた。

ななめに向き合ったまま、少し手のひらを触るが、
あまり手相は見なかった。
目をそらしたら問題が起きそうだったので、
じっと見つめながら、彼のガイドの方に感謝と癒しの祈りを送ってみた。
効果があるのか…こんなやり方があるのかも知らなかったが…地獄に落ちたときに神に祈るかの如く、もがいてみたのだった。

多少目が柔らかさを湛えると…とつぜん、占いの先生は自分の生い立ちを話し出した。

「ボクはね、若い時にロックミュージックに出会いました」
この店内を見て、70歳でロングヘアでペイズリーのネクタイをしていたら、あまり驚きはしない。

「なるほどですね~、すごいですね。日本では先端を行っていたんですね」
もちろん、あからさまなおべんちゃらだった。

「中学の頃にね、ビートルズが来日して、それを観たわけね…その時くらいからバンドを組んでボーカルとギターを始めたんだよ、ビートルズくらいは知ってるでしょう?」
「ええ。知っています。へえ、すごいですね。かっこいいですね」
「18歳くらいでプロデビューしてね…商業路線は嫌いだったからね…クラブだとかで演奏活動をしていたんだよ」
「すごいですね…プロですか」


「ふふふふふ。あなたは知らないだろうけどモンタレー・ポップ・フェスティバルというのがあったんだけどボクが21歳くらいの時にね、NHKで放送された映画があってね…」
「ええ、知ってます」

「え? 知ってる? なんで?」
「私は60年代の洋楽も好きだったんです」

「まあ、詳しくはしらないでしょ? このお店の名前はね…その映画で出てくる曲名からとったのよ。ママス&パパスの曲ね。ママス&パパスは『夢のカリフォルニア』ね。どっちか迷ったけど今の名前にしたのよ」
「スコット・マッケンジーの『花のサンフランシスコ』でしょ? 確かにママス&パパスのジョン・フィリップスが作詞作曲ですけど…モンタレー・ポップ・フェスティバルのプロモーションのために作ったそうですけどね。あっ…」

つい、知っていることをしゃべってしまった。

占いの先生は、また不機嫌に戻り…「5分前に来なさいといっていたのになぜ約束が守れないのか」と昨日の予約の取り消しの件の説教という間欠泉が始まった。

しかし、なんだかさっきまでの迫力はない。
質問は3つまでとあったが、
こちらの話題は3つ以下という感じであった。

質問も何も…一方的な占いと、自慢話と、人間として大切なものの話で終始した。


ロックミュージシャンを占ったという自慢話と、
自分がいまでも現役でロックミュージシャンだという話や、
かつてプロとして活動したこともきいた…。

しかし、あるバンドにいたという話で…
そのバンドは私が好きなバンドであり、
CDも収集していたので、占いの先生が在籍した話は、
きいたことがなかった。

そのとき…かなりの話は創作の可能性があることに、
やっと気づいたのだった。

疲れた…どうやら、占いの先生も疲れ切ったようだった。

「麺がのびます」
先生の夕食ができているようだった。

深くお辞儀をして、退店した。
占いの先生はこちらをみることはなかった。
お辞儀をして頭を上げると、
店のメニューにはない、ざるそばがカウンターに置かれているのが見えた…

二度と来ることはないであろう…店内にもう一度お辞儀をして、
お店を出た。


マリネ先生は店内にはいなくなっていた。
外に出て、メールを見ると、ショートメールが届いていた。

「約束通り、夕食代を払っとくわね。疲れたから先に帰ります」

まあ、こんなもんだろう。
理不尽なことには慣れている。

気を取り直して駅に向かった。
まだ、今日は土曜日。

久しぶりに、池袋に出て、天龍の餃子を食べて帰ろうか…
明日はずっと寝ていてもいいや…
そんなことを考えながら…地下鉄の階段を下りた。






【ある占い師との思い出 終わり】

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