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【ロック少年・青年・中年・老年小説集】「中年からのバンドやろうぜ1…〈肥満とブルーズ、減量とロック⑩〉~ブルースハープを習おう1~」

ユキオは健康を取り戻した。

むしろ以前より体力も充実していた。
夜昼逆転した生活を昼型に戻し、
朝5時に起きて夜は8時に寝る生活が定着した。


仕事も朝8時には始めて夕方に終わらせ、
気功をやってから寝る生活。

気功は一日3回はやっていた。
規則正しすぎて、仕事の知人以外はあまり交流がなくなっていたが…
それが精神的にもよい影響があり、
校正の講義だとか文科省以外の漢字検定や
日本語検定の全国大会の勉強などをしつつ、
同業者との勉強会だとか、
知人とウォーキングに行ったりとか…
これまでの頽廃的生活が真逆になっていた。

しかし、これが続くうちに抑えていた欲望が起き上がってくる。

つまらないな…そんなときのある日、
ユキオは新聞のチラシにあるカルチャーセンターの
ブルースハープ講座が目に留まった。

さっそく様子をみに寄ってみた。
教室はふつうの教室仕様で…
特に音楽を教える専門の教室ではないようだった。

しかし広い。
見に行った時間は講座の始まる30分前だった。

若い痩せた感じのいい好青年が右手にブルースハープを持って、
左手にキーボードを弾きながら演奏していた。

きこえる…音が大きい。
教室の外だったが、クリアな大きな音に驚いた。


うっかり、ドアを押したら開いた…。


「受講希望の方ですか?」にっこりと、よく通る声が響く。
「あ…ええ、まあ」

教室の後ろの扉に先生がかるく小走りにやって来た。

「どうぞ、ブルースハープに興味があるんですか?」
「ええ」
「どんな曲を吹きたいですか?」

感じがいいので、こちらも構える気持ちがなくなった。

「リトルウォルターとか…あの、シカゴブルースみたいなやつと、あと…レッドツェッペリンのロバートプラントが吹いてるやつとか…」
「バンドとかやってるんですか?」
「ええ、素人のコードしか弾かないようなバンドです」

ユキオはいまはやっていない昔のバンドの話をついいまもやってるように言ってしまい少し後悔した。

「ブルースハープは吹いたことありますか?」
「ええ、持ってますけど、なんちゃってで自己流です」
「いま持ってますか?」
「いいえ…」
「見学していきますか?」
「え?見学、教室に入れるんですか?」
「どうぞ、授業があるんで、お相手はできませんが。あと、用事があるんでしたら途中退出してもいいですよ」


お言葉に甘えて、見学させてもらうことにした。

「ちょっと授業の前なんで…トレーニングしてますから、よかったら聞いていってくださいね」

授業のために練習をする先生か…信頼できそうだ。
ユキオは、先生への好感が高まっていった。

先生は教壇に戻り、ハーモニカを吹き始めた。
大音量に驚く。
管楽器かと思うくらいだ。


アンプがないというのにこの音…
しかも一音一音がはっきりときこえる。


ジャズっぽいフレーズの後にさまざまなパターンのフレーズ…
ああ、なんて心地いい音なのか…

すると、知っている曲に出くわした。
「あ!」
リトルウォルターだ。

ジューク…キーボードに合わせてお馴染みの曲が吹かれた。
途中からオフザウォールに変わり、
アメイジンググレイスに変わった。
アメイジンググレイスは、なんと転調しながら
3つのパターンが展開された。

恐れ入った。
ライブを見に行ったあとのような、
興奮が体を通り過ぎた。

ユキオは、先生に向かって叫んだ。

「先生、今から申し込んできます!
来週からよろしくお願いいたします」

ユキオは、入会費用を下ろしに、
銀行に向かって走った。