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老年期少年小説 「誰もいなくなったのはなんで?〈9〉」【いつになったら抜け出せるのか②】

夢うつつで、私は誰かの声をきいた。
自分が眠っていることはわかった。
夢だということは理解している。

しかし、意識がはっきりしていて…自分が眠っていると知りながら、
夢を体験していた。

この年まで、こんなことは何度もあって…めずらしいことではなかったが、
いままでにはこういうパターンはなかったな、
そう思いながら、自分の目の前にいる「自分」を見ていた。

「どうだい、ユキオくん。相変わらず生きづらいようだね~。はははは」
「あなたはボクだよね? ユキオくんじゃん、あんただって」
「か~、なんだかだめなやつ丸出し。それじゃあ生きづらいのは当然だな」
「むかつくな。あんたほんとにおれなの?」

しかし、なんて性格が悪いやつなのか…あ、おれだ。
これは俺の一部の意識がかたちをとったものと考えるべきなのか?

「相変わらず、自分が嫌いなの? ぷ。自分のことバカだって口に出して
独り言いったり、自分を自分で殴ったりしてるわけ?」

腹が立っていらいらするが…だいたい…
当たっていた。
さすがに、自分で自分を殴ったりはいまはしないが…
30代後半でそういうことをした記憶がある。

「たぶん、昔やった自分のいやな行為を反芻して、
かたまったり、イヤーな気持ちで怒ったような悲しいような顔をしてるんだろうな~、ひひひ」

考えたら、自分に自分が腹を立てても仕方がないなと思って、
ばかばかしいから、怒りを爆発させて殴りかかるのはやめにした。

「殴らないの? むかーしさ、好きだった女の子に嫌われた、
もう終わりだって思って、アパートにも帰らないで、
カプセルホテルに泊まって、その部屋で自分の顔を殴ったみたいに殴らないの? ぷ」

よく知ってるじゃないの…
いやんなるな…さすが自分。
よくわかってらっしゃる。

こうなったら、反発しないで、ちゃんと対話をしてみようか…
そうか、いま殴り掛かったら、またカプセルホテルで自分を殴った
あの愚行を繰り返すことと同じことになるわけだ。

「あのさ…確かに、あんたのことはいらいらするし、
腹が立つし、大っ嫌いだけどさ…
せっかくだから、お話ししよう」

「そうか…おれと向き合う気になったか…」
急に顔つきが穏やかになった…拍子抜けした。
よくみると、年をとってるが、かわいげがあるように感じた。
おれは、落ち着いてきたので、おれにはなしかけてみた。

「きいていい?」
「いいよ…自分なんだし、なんでもきけばわかんないことは、
ほとんどないはずだからな」
「きみって言うことにするね。きみは、なんで
ボクの前にやってきたの?」
「会いたかったんじゃないの? きみのほうがさ…」

ちょっと考えてみた。
確かに、このところ、自分のネガティブな意識が暴れていた。
自分が嫌いということは…日々は忘れようとしているし、
人と関係を避ければ、あまり自分を嫌う機会も少なくなる。

就活で、面接に落ち続けていることで…過去の自分と向き合うことを
せざるを得ず…悲観的な未来を考えて、自暴自棄になりかかっていたこともあった。それが、この夢を見ることにつながったのだろうか?

「会いたかったのかもしれないんだけど…正直言うと、
もうなげやりになっている状態で、
絶望しているんだよね。
だから、会いたかったっていわれても…よくわかんない」

彼は黙り込んで、じっとボクを見つめていた…
沈黙のあいだ…彼は目をそらさずに、
ボクを見ていた。

「あのさ…せっかく夢に出てきてくれたんだし、
ボクへのメッセージがあれば…
なんか言ってくれないかな…?」

また、沈黙が続いた。
その後、彼は少しほほえんだような表情をして…
そのまま消えてしまった。


朝起きた。今日もハローワークの後、
面接が1本ある。
もう惰性のように…ただ、行くという感じになっている。

まだ、6時前なので、もう一度寝ようとしたとき、
本が落ちてきた。
なんだか、夢の自分が伝えようとしたことが書かれている気がして…
その本を開けてみた…


Whoの解説本だった…
そこには、

Amazing Journey(すてきな旅行)/ Sparks(スパークス)

と書かれていた…

しばらくして…ボクは噴き出した。

「すてきな旅行」…
スパークスにつながる、すてきな旅行ですか…
ボクの人生がってこと?
か~。

なんだか、もやもやが少し晴れた気がした。
朝っぱらから笑ったなんて…
実にひさしぶりのことだった…