見出し画像

【ロック少年・青年・中年・老年小説集】「中年からのバンドやろうぜ1…〈肥満とブルーズ、減量とロック〉~ばんどやろうぜ、再び4~」

zくんと駅で待ち合わせをした。
彼は時間通りにやってきた。

ベースギターを担いでいて、
手にはエフェクター類と思われるボックスを手にしていた。

挨拶もそこそこに…スタジオに向かって歩き出した。
zくんの表情は硬かった。

zくんは超大手の会社でシステム開発等をやっている。
ユキオが使っている銀行のATMの案内画面をてがけているそうだ。

zくんは内向的で…酒が入るとやっと人並みのおとなしい人間レベルの会話量になる。普段は、それはそれはきもちいいくらいにしゃべらない男だった。

ユキオがいろいろしゃべりかけて説明をしながらスタジオまで移動した。

zくんは、会社でも会話はメールで行うことがほとんどで…隣席の同僚にもメールで会話をするという強者だ。

マルコシアスバンプが好きで、ベースは結構プライドをもっているようだった。


タッ〇ポウルに着いた。
今回もFもi君も先に来ていた。
Fも人間がずいぶん変わった…
副社長だけのことはある。

「コグレさん、ベースの人ですか? 紹介してくださいよ」
「うん。zくん…」

紹介しようとしたが…zくんは待合室のソファの奥の方に座ってしまい、
こちらを見ないまま携帯を見だした。

Fには、ちょっと内向的でかわっていると伝えていたので、
そんなに驚いていなかった。

「コグレさん、だいじょうぶなの? 怖がってるのかね、
ぼくらのこと…」

スキンヘッドのFはそれなりに気を使ってくれているようだった。

「悪いな…おれも、そんなに深い付き合いじゃないからさ…
マルコシアスバンプすきだってさ…」
「佐藤くんのプレイ、できるんならたのしみです。お前のバラが好き弾けます? コグレさん」
「どんな曲か思い出せないよ…Tレックスならできるかも…好きだって言ってたし…」

Fと話してるときに、i君がzくんの持ち物を見て話しかけていた。
驚いたことに、会話をしていた。
i君のものおじしない性格が…zくんに恐怖心をおこさせなかったのか?

少しほっとした。

スタジオに入って準備が終わった頃に、
zくんに紙きれを渡した。

本日のレパートリー一覧
僕は待ち人
サンデーモーニング
ゲットイットオン
ジャンピングフラッシュ
ホンキートンクウイメン
アイムアマン
トレインケプタローリン
ティンソルジャー
サマータイムブルース
シェイキンオールオーバー
ダディローリングストーン
AコードとDコードのセッション


あらかじめ、直前にzくんに会ってMDにレパートリーをひととおり渡してあった。その時に手書きのコード譜を簡単につくって渡しておいた。
どのくらいできるかわからないが…少しでも合わせられればいいとおもうくらいで…実際はそんなに期待してはいなかった。

録音用のテープを回して、練習が始まった。

僕は待ち人。

新しいメンバーが入るとFは張り切る傾向がある。
iくんには適当でいいからボーカルをとってもらうように伝えてあった。

ガレージロック的なチープないい感じだった。
zくんは渡していたコードを見てもあんまり弾いていない感じだった。

ただ、時折コードがあっているときはここちよかった。
ギターとベースとリズムギターにノイズリードギター。

多少狙っていたサウンドに近く…ユキオは少し興奮した。

サンデーモーニング
1弦2弦の3フレット目をほぼ固定して鳴らしている。
心地いい音だった。
第1期ベルベットアンダーグラウンドというよりは、
ダグユールのいたベルベットアンダーグラウンドの音を意識した。

午後のゆるい日差しのようなサウンドは、ユキオの狙い通りではあった。

しかし、本日の予定を演奏していくが…iくんはまあ、いつもどおりだが…
zくんも音がきこえなくなった。

時々もこもこしたベースがきこえてくるが…
ぜんぜんまともに弾けていない。

ジャンピングフラッシュでもだめか…
諦めてサマータイムブルース。

しかし、それもだめで、さすがにユキオは落胆した。

「ちょっと休もうか…」

Fとiくんはタバコを吸いに外に出た。
その間にzくんに話しかける。

「zくん、どう? あんまり楽しくないのかな?」
「コグレさん、すいませんねえ…ボク、こういう曲に合わせて弾くの慣れてないんで」
「いや、誘ったのはボクだしさ…今回の選曲とかだと無理そう?」
「すいません…」

落ち込んでいるのか…ただ、引きこもっているのか…
よくわからなかったが…バンドでベースを弾いた経験がないということが
よくわかった。

かつてメールでやりとりした自信満々のベースは、
どうやら自宅の自分の部屋でのレベルの話だったようだ。

「せっかく、スタジオ代金払うんだし…もっと好きに弾いていいよ。
スタジオ入ったことはあるんだっけ?」

首を横に振るzくんに…もう厳しいことは言わないようにした。

その後、Fたちが戻ると、
Fがzくんのベースを弾きだして遊び始めた。
iくんがドラムを始め、
zくんは殻に入り始めた。

いたたまれず、休憩をとりに外に出た。
シンビーノを飲んで、ひとやすみしてからスタジオに戻った。

Fがユキオのギターを弾き、
iくんがドラムを叩いていた。

zくんはアンプの上にしゃがんでいた。
ユキオが入ってくると声をかけてきた。

「コグレさん、ちょっと外に行ってきます」
ユキオはうなずいたあと、
「zくんのベース借りていい?」
ときいた。

zくんが同意してくれたので、
ユキオはベースを弾いた。

Fとiくんはたのしそうだったが…
ユキオはつまらない気持ちを抑えようがなくなった。

ベースを壁にたてかけて、
Fからギターを戻す。
不機嫌なユキオに気づいたFはドラムに戻る。
z君が戻った後に、
AコードとDコードのセッションを始めた。

これが、意外なことにそれなりの出来栄えとなり、
僕は待ち人、サンデーモーニング、AコードとDコードのセッションだけは…その後もユキオのお気に入りの練習記録テープになった。

とはいえ、
他の出来は決していい出来とはいえず、
このメンバーでのバンドの話はここで終わってしまった。



zくんとはそれっきりだった。
あえて、追うこともせず、
メールだけのやりとりの関係に戻った。