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【少年小説】「ぼうくうごうから」①

ゆきおはいつも何かにおびえて生きている。

しかし、ほとんどの大人たちは、この少年がそんなことを感じているとは気づかなかった。

ゆきおは「いかに自分が無邪気で陽気で、子どもらしい子どもであるかをアピールすること」に長けていた。

それは、いじましいほどの努力で、「自分の無実の罪の汚名を晴らそうとする」かのようだった。

彼自身、その努力がいったい誰にたいして、何のためにしているのかがよくわからなかった。

しかし、「子どもらしくない性格を見抜かれること」を徹底的に避けようとしたのだ。

ゆきおは、この世界は〈安全ではないのだ〉と思っていたのである。

彼にとって、家庭すら安全な場所ではな……家族であっても、いつか「自分が本来の自分であると同時に、捨てられてしまうのだ」という観念に支配されていたようなのだ。


ゆきおは気づいていた。
ありのままの自分のままでは、親から嫌われてしまうということを。

勿論それは一般的には妄想のたぐいに過ぎないのだが…彼にとっては紛れもない事実でもあった。


彼には好きな一人遊びがあった。

4歳くらいのころか……幼稚園にも通っていない頃、
家庭は共働きで、昼間は一人で家にいることがほとんどだった。

たいくつだったが、戸締りをされた一人の家の中で、
ゆきおはそれなりにたのしい日常をつくりだそうとしていた。

野球が好きな彼は、プラスチック製のバットとゴムやプラスチック製のボールを使って、彼のつくりだした架空のチーム同士で試合を行ったり、
王選手の記録を抜くホームランバッターとして、新記録をつくったりしていた。

テレビも彼のお気に入りだった。
渥美清が出ているような映画を、飽きもせず見ていた。
そして、アニメーションの出てくるコマーシャルを茶碗やお皿をお箸で叩きながら、夢中で見ていたりした。


いちばんの好きな一人遊びのことだ。
行李という入れ物があって、季節の変わり目に、それが、押し入れから出される時期がある。

そういうときにゆきおは、自分から蓋をかぶせて、中にひそんだりして、空想にふけった。

押し入れはとても好きな空間でもあった。

押し入れの上の段は、スリルがあったし、下の段は隠れ家として、
お気に入りだった。

ミシンの下も好きだった。
右に左に傾くが、機関車の運転席のようにたのしいものだった。


ゆきおにとって、その時間は……〈この世界は安全ではない〉なかでも、それなりに安全を感じさせてくれる時間でもあったようだ。