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老年期少年小説 「誰もいなくなったのはなんで?〈10〉」【いつになったら抜け出せるのか③】

神保町での面接のあと、歩いて御茶ノ水駅方向に歩いた。
目的があったわけではない。

ただ、面接に落ちたという確信で、一刻も早く樹木を見たくなったのだ。


木が好きだ。
というより、木がない土地に住むということは考えられないのだ。

よく、まったく植物のないマンションや街に住んでいる人の気が知れない。
だったら、東京を離れたらいいじゃないか…そう言われることもある。

しかし、自分にいわせれば、東京は木がいまだにたくさんある街だと思う。
多いとまでは思わないにせよ…樹木は大切にされている。
そう感じる。

御茶ノ水駅駅から、お堀というか…聖橋のあたりに行くと、
なんだかほっとする。

神保町や三崎町はきらいではないが、やはり、植物が少なく、書物もまあ植物からつくられるものといえるが…味気ない。

駿河台の坂を上がると、楽器屋もあるし、先に行けば緑がある場所に行ける。とても好きな街なのだ。

湯島聖堂や神田明神、煉瓦の名残、ほっとする。
古い東京が透けて見える感じが好きだ。

面接も終わった。
神田明神でお詣りして、坂を下って、甘酒を飲んだ。
金銭的に、ますます心細くなってきているが…せっかくだから、
小さな湯飲みを祈るような恰好をしてゆっくりと飲んだ。

金山寺みそがおいしい。
しかし、いつの間にか、こんな値段になっているのか…
もう、二度と来ることはないかもしれない…

セブンイレブンのラージコーヒーにすれば180円で済んだか…
後の祭りだ…いつも私は、こうやって、注文したものを後悔することが多かった。

神田明神にもう一度お詣りした。
神頼み…なぜか、そんな心境になって、賽銭は出さないが、
人の列から離れて、ご神体が見える程度の、かなり離れた場所から、
いま湧き上がる感情のままに…祈った。


しばらく境内をゆっくり歩き、樹木をみながら、歩いていると…
急な階段が見えた。

興味がわいたので…手すりをもちながら、ゆっくり慎重に下りて行った。
ははあ、これが銭形平次とかで出てきた…
神田明神下という場所なのか…

長年、東京に住みながら、ここに来たことは初めてだった。
あたりをゆっくり見ながら歩いた。

これといって特徴があるわけでもない。
しかし、気分は悪くなかった。
20年前にダイソーで買った「東京」の地図を見ながら、
ゆっくりと歩いた。

30分以上歩いたとき、
そこが、湯島天神の近くだと気づいた。

なかなか風情があった。
ここも急な階段があって、しゃれたお店などもあった。

店に入りたかったが…お金もないので、
結局上野方面に向かい、
アパートがある隅田川方面に歩いて行った。

めぐりんは100円。まだ、早いのでバスも空いているいるだろう。
台東区役所まで行って、清川まで行ってアパートに帰ってもいい…

しかし、なんだかつまらない。
気分も晴れない。
上野の裏通りを通った。

すると…ふと、目にとまった喫茶店?のような店があった。
店名が…

アメイジングジャーニー~すてきな旅行

え? まさかな… 夢のあとのあの出来事を思い出した。

なんだか、たのしそうな店だと思い、
思い切って入ってみた。
カウンターが6席ほど、
テーブルが3つ。

お客は1人…奥のテーブルに座って、カウンターの中にいる
マスターらしき人としゃべっていた。

「いらっしゃい…お好きな席にどうぞ」

感じのいい白髪の60代前半の男性…自分より少し上くらいか?
お客さんは黒黒した髪の毛だったが、同じく60歳くらいかと思われた。

なんとなく、カウンターに座った。
奥のお客さんとマスターが話しやすいように、
自分は入り口すぐのカウンターに座った。

Whoのポスターがあって…もろ、60年代後半の洋楽が好きなマスターだということがわかる。

「ご注文は?」
「あ、メニューを…」
「カウンターにあるんで…ゆっくりどうぞ」
マスターのソフトな温かさになんだかうれしくなった。

メニューをにらむように見渡して、3分後くらいに、
私はやっと口を開いた。
「このオレンジジュースは100%ですか?」
「ははは、穴があくくらいみて、オレンジジュースは100%かって聞いたお客さんは初めてかな」

顔が赤くなった。
「すいません」
「お客さんが謝ってどうすんのよ…ごめんごめん、なんか気にする人なんだね…気にしないで…オレンジジュースはドンシモンのマンダリンだよ」
「ほんとですか? 大好きなやつです。それをお願いします」
「わかりました」

テーブルのお客がしゃべりかけてきた。
「にいさん、なんでここに入ったの?」
「ああ、店名がWhoの曲名だったから…」
「あんた、Whoを知ってるのかい?」

お客さんの顔が急に親しげに変わった。

「じゃあ、Whoをかけようか」
マスターがレコードプレーヤーをあけてレコードを置いた。

「あ!」
「どしたの? Tommyは嫌い?」
お客さんがにっこり笑って話しかけてきた。

「好きです。店名の曲は…バンドでやったこともあります」
「へえ、すげえ、マスターは元バンドマンだよ」

アドレナリンが噴き出してきた…
饒舌になりすぎないように…うれしさを抑えながら話した。

「マスターは楽器は何をされてたんですか?」
「うん。ボーカルとギターとかハーモニカとかキーボードとベースと時々ドラムとかかな…全部だなそりゃ…ははは」
「マスターのやっていた音楽を聴いてみたいですね」

「マスター、レコードかけてあげたら?」
「はずかしいから、機会があったらね」
「バンドの名前教えてもらえますか? 自分でさがしてみます」
「かっちゃん教えてあげてよ…恥ずかしいよ自分からは」

お客さんはかっちゃんというらしい。
「おしえてもらえますか…」
「うん。スパークススパークスっていうんだよ」

「え! CD持ってます! え、マスターって、尾藤アサヒさんなんですか…」
「なんだ、知ってんの? そうだよ、マスターが伝説のモッズバンドのリーダーのアサヒくんだよ」
「えええ!」
よくみたら…何度かステージも見たことがある…尾藤アサヒ…その人だった。

【続く】