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三人の記憶:藪の中⑦~マリ先生3〈マリ先生宅にて②_マリ先生vs.天方くん〉~天方くん対策、小鹿先生と天方くんの面談【少年小説】

目を閉じたまましばらくリーディングをしていたのか…マリ先生は、気功の先生のような呼吸をしているように見えた。

目をゆっくり開けると、マリ先生は何事もなかったかのように、再び原稿用紙を読みはじめた。

深呼吸をした私は思い出したように紅茶を飲んだ。
マリ先生に引っ張られて緊張しすぎている自分に気づいて、気持ちを楽にした。

「ふふふ、あまり硬くならないでね」
「ええ、リラックスするわね」

カップの残りの紅茶を飲み干した。

「マリ先生は文学とかは好きなの?」
「ううん。論文か医学書とかスピリチュアル関係の本とかが多いからあまり読まないわ」
「読んでてどうでしたか?」
「ええ、とても興味深く読んだわ。職業柄、考えさせられるわね」


「3人の文章はどう感じました?」
「う~ん。やはり天方くんは問題児よね」
「どういう意味で?」
「まず、小鹿先生にジャブを打って様子見てるわね、どうでるか見てるわね」
「私の反応を待ってるのかしら?」

「計画的じゃなく思い付きかしら?いずれにせよ、小鹿先生が面談したあと、私がカウンセリングしましょう。学校には伝えてみるから、あまり天方くんを刺激しないように、小鹿先生から私に相談してみる?って感じでどうかしらね」

天方くんの今後を考えた場合、そのほうが本人のためになりそうだった。

「実はね、担任の緑川先生が天方くんと、進路相談の後に面談したそうなの」
「小鹿先生のクラスの担任の方ね?」

「ええ、熱血漢で、家庭面談した後にやはり天方くんの性格が社会対応が難しいって感じて、本人に直接話したそうなの」
「う~ん。どうだったって?」

「やはり、緑川先生が思った通りにあいまいな態度だったみたい。反抗的ではないんだけどどこか虚無的で伝えたいことが伝わらずもどかしかったそうよ。そんなことしてなんになるんですかって表情に見えたって。でも何も言わないのよ天方くんは」
「緑川先生のむなしい気持ちが入ってくるわね。いい先生ね」
「私は国語教員として、授業の中でこういうやり方はよくないことは伝えて、それとは別にクラス副担任の立場でできるだけ話をきくわ。それでマリ先生へカウンセリングの希望をきいてみます」

「それがいいわ。無難な方向でやってみてね。追い詰めないことと、あなたを心配してるってさりげなく伝えることね。あとは私に任せてくれる?」
「ええ」

緑川先生に相談することにした。

緑川先生は、今回の件は私に任せてくれると言ってくれた。
ただ受験前の時期の影響を考えて、よい関係で天方くんと黒田くんが卒業できればよいし、大人として選択を尊重してあげてくださいという先生らしい大人回答だった。

私に任せてくれることに信頼を感じたし、何かあれば教頭先生や学年主任に相談するようにも言ってくれた。

スクールソーシャルワーカーの導入の機会でもあり、好意的だったのに救われた。半面、私の心配性がおおごとを招くのではないかという不安はついて回った。

しかし、私の教員としての成長の機会でもあり、間をあけずに天方くんに話しかけた。

天方くんは、いつもの抑揚のない反応だったが、明らかに動揺しているようだった。

極力個人的に読書感想文が気になり心配だという、かつあまり深刻にならない語り方を心がけた。

四時限の後に彼の机で話しかけた。

「先生すいませんでした。書いているうちに止まらなくなって黒田くんとのことを書いてしまったんです」
「昼休みは少し時間とれますか?」
「ええ、いま弁当食べて20分くらい後なら…」
「わかったわ。就職相談室にいるから来てね」
「わかりました」


食欲はなかったが、購買部でパンと牛乳を買った。
相談室に持っていく書類をまとめて約束より早めに席についてパンを牛乳で押し込んだ。

マーガリンと餡が思ったよりも美味しかった。
牛乳で押し込むとマーガリンだけが前歯に残りティッシュペーパーに吐き出した。

マリ先生にもらったかわいい漫画のような薬師観音のイラストの護符をかばんをあけて机の資料のいちばん下に置いた。何も起こらないと信じた。


「先生すいません」
「早かったわね。ありがとう」
「いえ、黒田くんはこの読書感想文のことは伝えたんですか?」
「いいえ」

嘘だったがしらをきった。

「なんか、職員室で問題になったりしたんですか?」
「ううん、違うわよ。ちょっと受験前だし、天方くんの心の状態を心配しただけよ。実際にあなたは悩んでいるのね?」
「諦めてるんですけど、黒田のことは」

「仲良くは、子どもの頃とは同じようにはなれないってこと?」
「高校三年ですしね。小鹿先生にはなんか知ってほしいな~って。先生はどう思いますかって書いただけなんです」
「でも、国語の授業でやるべきことではないし、副担任としてなら相談に乗れる話でした。だからそこは反省してくださいね」

「すいませんでした。あの、緑川先生とも関係良くないし、先生にも評判はよくないから、黙っててもらえません?恥でもあるし、小学校の同級生から嫌われてるってやっぱりしんどい事実だし、自分がいやんなります」

瞳に邪悪な色が見えだしている。
これか。本人はたぶんすごくにらんでいるとか憎しみにみちた顔になってることは気づいてないのかもしれない。


小鹿先生との打ち合わせ通りに、一通り子ども時代の天方くんの話を書き取って、マリ先生のカウンセリングに誘ってみた。

意外に素直に応じた。
美人だったからかもしれないが。


その日は午後からの授業は疲れてなんとかこなしたがよく覚えてなかった。帰りにお蕎麦屋さんでかしわ南蛮に小ライスを食べてシャワーだけ浴びて寝てしまった。


【続く】
©2023 tomas mowa