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世界の外へ、


#一歩踏みだした先に


私は、小さな世界で守られて生きていた。

空っぽの家の代わりに私に安心をくれた場所、アルバイト先。高校一年生から働いていたその場所からの「卒業」について最初に考えたのは大学3年の3月、ひとつ上の先輩の卒業の日だった。

「次はあなただね」

そう言われて、私は最後の1年が始まることを自覚した。

正直な話、「バイトを辞める」私が想像出来なかった。

学校のない日は朝から晩まで働いていたから純粋に一番長い時間を過ごした場所だったし、精神的にも私にとって1番素で居られる場所だったから。

3年生の頃、1ヶ月実習に行ったことがある。その時、私の中には土台としてバイト先があった。バイト先に無様な姿は見せられない、笑顔でバイト先に戻るのだと、そう思いながら実習に行っていた。

私にとってバイト先は土台というか足場というか。とにかく私の軸になる部分だったと思う。

だから本音を言えば卒業なんてしたくなかったし、卒業後にどうやって生きているのか想像も出来なかった。

でもやっぱり正社員にはならないとな、と思っていた。大学卒業から正社員という、「普通」のルートに乗らなければならない、と。

だから就活した。介護だったのであっさり内定を貰った。

そして私はまたバイトに明け暮れた。

私はバイト先の人に守られていた。なにせ、入った当初からの先輩がフリーターしてたり留年してたりでまだ多く居たから。大学4年になっても私は守られていた。

昔は人見知りが酷かったので、新しい人が異動してくる時に「見た目は怖いけど良い人だよ」と先回りして教えてくれたり。

他店の店長が来たらあまり関わらないように先手を打って私に指示を出したり

相談したい事を聞いてくれた。体調に気づいてくれた。

ミスをして落ち込んだら、それをふざけて笑いとばす同期の存在もありがたかった。

夏頃になってこのままではいけないと思い始めた。私はずっと慣れ親しんだ場所で、守られて生きている。本当に社会人になれるのか?

そう思った私は、今まで避けてきた他店応援に手を挙げた。といってもそう都合よくいくわけもないのでほんの数回。そしてその全てで自店でもやらないミスをした。それでも、他店の人と働くのは良い勉強になったと思う。たぶん。

そうして卒業が近づいた私は、繁忙期を終えた1月に一人暮らしを決めた。

バイト狂いで貯金はある。不器用な私には、社会人1年目の4月に出るよりは、バイト先という土台がある状態で一人暮らしを始めた方が自分の為だと思った。私の人生でも五本の指に入るファインプレーだと思う。

そして私は土台があるまま、一人暮らしを始めた。とはいえ案の定朝から晩まで働いているので、生活の変化といえば休みの日に諸々買い物が増えたくらい。バイトのお陰で基本的な調理は出来るのでレシピさえあれば食には困らなかった。バイト様様である。


そうして、最後の日を迎えた。


卒業の日。いつも通りに働いて、退勤時にはご挨拶をして。そうして綺麗に終わるつもりだったのに、退勤を切ったら寂しくて寂しくて仕方なかった。

怖かった。これから先、私は一人で生きていかなければならない。もう、守ってくれる人はいない。「ダメだったら戻ってくるね」なんていいつつ、それは恥ずかしいことだとも思ってたから、そうはなりたくない。きちんと胸を張って生きていたいけれど、ひとりぼっちの私にそれができるのか分からない。相談する相手もいない。

私は大泣きしながら挨拶しつつ写真を撮った。たぶん、人生で1番泣いた日。

色んな人にお疲れ様、とか頑張ってね、とか言われた。それに私が「戻るかも~」なんてふざけて言っていたから、「いつでも戻っておいで」なんて笑う人もいた。それでも悲しくて、大号泣しながら私は店の外に出た。

そして、私はずっと篭っていたバイト先から外の世界へ……社会人になった。

幸い、新しい職場の人は良い人達だった。それでも私は卒業の日から1ヶ月くらいは毎日家に帰れば泣きつづけた。

シフト表が違うとか、「おはようございます」と挨拶を見慣れない人達にする事が辛かった。なんなら同じ苗字の人を呼ぶのも少し、センチメンタルな気分になった。

それでも、どうにかこうにか私は外の世界で生きていけた。

仕事は辞めても次を見つけられたし、今の職場でもそこそこ無事にやっている。それは全部、あの数年守られて育てられてきたからだと思う。

挨拶から仕事への向き合い方から、何もかも。そして、それだけではなくて私に居場所をくれた。

家庭環境があまり良くないと、子どももコミュニケーションなどの面で苦労するという話をよく見かける。私がもし、あの場所で居場所を得られなかったら、そうなっていたのかもしれない。

でも今、あの世界から出た私は自分でも意外な程に元気に生きている。今は、あの場所で貰ったものを返せるように模索して、あの場所で生きたことに恥じない人間であれるようにと思っている。

小さな世界の中で生きていた時は、そこから出たら死んでしまうと思っていた。でも、かつての私に伝えたい。

私はそこで、外の世界で生きる術をきちんと学んできた。大好きなその場所は、単に私を生かしたのではなく、未来も生きられるようにしてくれていた。

私が正しい道を歩んでいる自信はない。だけど未だにあの小さくて優しい世界を振り返って、そこで褒められるような選択をすれば、きっとそれが先に繋がるのだと思う。

小さな世界から出たけれど、道は繋がっている。今度は私が誰かにとって、そういう場所になりたい。そしてその人がまた誰かの優しい居場所になって……そうやって、知らない場所に優しい世界をたくさん作れたら良いな、なんて思う。



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