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9)③国民性

    国土と国民性
    晴明心
    没我同化
    没我帰一

 ここでは、国土に培われた日本人の国民性の特色が、更に国体を通して世界にも例を見ない特質となっていったかを著しています。


        【口語訳】
   国民性

《国土と国民性》

 山鹿素行は、中朝事実に「中国の水土は万邦に卓爾タクジし、人物は八紘に清秀なり」と述べていますが、まことにわが国の風土は、温和な気候、秀麗な山川に恵まれ、春花秋葉、四季折々の景色は変化に富み、大八洲国オオヤシマグニは当初より日本人にとって快い生活地帯であり、「浦安の国」と呼ばれていました。

しかしながら時々起る自然の災禍は、国民生活を脅すような猛威を奮うこともありますが、それによって国民が自然を恐れ、自然の前に威圧されるような事はありません。
災禍は却って不撓不屈の心を鍛錬する機会となり、更生の力を喚起し、一層国土との親しみを増し、それと一体の念を弥々強くします。

西洋神話に見られるような自然との闘争は、わが国の語事には見られず、この国土は日本人にとってはまことに生活の楽土です。
「やまと」が漢字で大和と書かれたことも偶然ではありません。

 頼山陽の作として広く知れ渡っているように、

  「花より明くるみ吉野の 春の曙見わたせば 唐土人も高麗人も 大和心になりぬべし」

とあるのは、
わが美しき風土が大和心を育み養っていることを示したものです。

又本居宣長がこの「敷島の大和心」を歌って
「朝日に匂ふ山桜花」と言っているのを見ても、いかに日本的情操が日本の風土と結びついているかが知られます。

更に藤田東湖の正気の歌には、

  「天地正大の気、粋然として神州に鍾まる 秀でては不二の嶽となり、巍々として千秋に聳え 注いでは大瀛の水となり、洋々として八州を環る 発しては万朶の桜となり、衆芳与に儔し難し」

とあって、
国土草木がわが精神とその美を競う有様が詠まれています。

《晴明心》
 こうした国土と既に述べたような君民和合の家族的国家生活は、明浄正直の国民性を生みました。
即ち文武天皇御即位の宣命その他に於て、

  明き浄き直き誠の心
  清き明き正しき直き心


と繰り返されています。

これは既に、神道に於ける禊祓いの精神として語事にも窺われるのですが、天武天皇の十四年に御制定になった冠位の名称には、勤務追進の上に明浄正直の文字が示され、如何にこの国民性が尊重されたかが分かります。

明浄正直は、精神の最も純な力強い正しい姿で、所謂真心であり、まことです。

このまことの外部的表現としての行為・態度が勤務追進です。即ちこの冠位の名称は、明るい爽やかな国民性の表現であり、国民の生活態度でもありました。

まことを本質とする明浄正直の心は、単なる情操的方面に止まらず、明治天皇の御製に、 

  「しきしまの大和心の雄々しさは
      ことある時ぞあらはれにける」

と仰せのように、よく義勇奉公の精神として発現します。万葉集には、

  「海行かば 水潰くかばね 山行かば 
 草むすかばね 大君の辺にこそ死なめ 
             かへりみはせじ」

と歌われ、
蒙古襲来以後は、神国思想が顕著なる発達を遂げて、大和魂として自覚されました。

まことに大和魂は「国祚之永命を祈り、紫極之靖鎮を護り」来たのであって、近くは日清日露の戦役に於て力強く覚醒され具現されました。

 ●明き清き心は、主我的・利己的な心を去って、本源に生き、道に生きる心です。
即ち君民一体の肇国以来の道に生きる心です。
ここにすべての私心の穢ケガれは去って、明るく正しい心持が生じます。

私を没して本源に生きる精神は、やがて義勇奉公の心となって現れ、身を捨てて国に報ずる心となって現れます。

これに反して、己に執し、己がためにのみ計る心は、わが国に於ては、昔より黒き心、穢れたる心と言われ、これを祓い、これを去ることを努めて来ました。

わが国の祓いは、この穢れた心を祓い去って生き、明るき直き本源の心に帰る行事です。

それは、神代以来国民の間に広く行われて来た行事で、大祓の詞に、 

  「かく聞食してば、皇御孫の命の朝廷を始めて、天の下四方の国には、罪と云う罪は在らじと、科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く、朝の御霧夕の御霧を、朝風夕風の吹き掃ふ事の如く、大津辺に居る大船を舳解き放ち、艫解き放ちて、大海原に押し放つ事の如く、彼方の繁木が本を、焼鎌の敏鎌以ちて打ち掃う事の如く、遺る罪は在らじと、祓え給い、清め給う事を、高山の末短山の末よりさくなだりに落ちたぎつ速川の瀬に坐す瀬織津比咩セオリツヒメと云う。神、大海原に持ち出でなむ。かく持ち出で往なば荒塩の塩の八百道の八塩道の塩の八百会に坐す速開都比咩ハヤアキツヒメと云う神、持ち可可呑みてむ。かく可可呑みてば、気吹戸イブキドに坐す気吹戸主イブキドヌシと云ふ。
神、根の国底の国に気吹放ちてむ。かく気吹き放ちてば、根の国底の国に坐す速佐須良比咩ハヤサスラヒメと云う神、持ちさすらい失いてむ。かく失いてば、天皇スメラが朝廷に仕へ奉る官官ツカサヅカサの人等タチを始めて、天の下四方には、今日より始めて、罪と云う罪は在らじ…………」

とあります。
これはわが国の祓ハラいの清明にして雄大なる精神を表したものです。国民は常にこの祓いによって、清き明るき直き心を維持し発揚して来たのです。

 ◆人が自己を中心とする場合には、没我献身の心は失われます。個人本位の世界に於ては、自然に我を主として他を従とし、利を先にして奉仕を後にする心が生じます。

西洋諸国の国民性・国家生活を形造る根本思想である個人主義・自由主義等と、わが国のそれとの相違は正にこにあります。

わが国は肇国以来、清き明るき直き心を基として発展して来たのであって、わが国語・風俗・習慣等も、全てここにその本源を見出すことが出来ます。

《没我同化》
 わが国民性には、この没我・無私の精神と共に、包容・同化の精神とその働きとが力強く現れています。

大陸文化の輸入に当っても、己を空しゅうして中国古典の字句を使用し、その思想を採り入れる間に、自らわが精神がこれを統一し同化しています。

この異質の文化を輸入しながら、よくわが国独特のものを生むに至ったことは、全くわが国
特殊の偉大なる力です。
この事は、現代の西洋文化の摂取についても深く鑑みなければなりません。

 ●没我の精神は、単なる自己の否定ではなく小なる自己を否定することによって、大なる真の自己に生きることです。

元来個人は国家より孤立したものではなく、国家の分として各々分担するところをもつ個人です。分なるが故に常に国家に帰一するをその本質とし、ここに没我の心を生じます

これと同時に、分なるが故にその特性を重んじ特性を通じて国家に奉仕します。
この特質が没我の精神と合して、他を同化する力を生じます。

●没我・献身というも、外国に於けるような国家と個人とを相対的に見て、国家に対して個人を否定することではありません。

又包容・同化は他の特質を奪い、その個性を失わせることではなく、よくその短を棄てて長を生かし、特性を特性として、採って以て我を豊富ならしめることです。

ここにわが国の大いなる力と、わが思想・文化の深さと広さとを見出すことが出来ます。

《没我帰一》
 没我帰一の精神は、国語にもよく現れています。国語は主語が屡々シバシバ表面に現れず、敬語がよく発達しているという特色をもっています。
これはものを対立的に見ず、没我的・全体的に思考するからです。

◆しかし外国に於ては、支那・西洋を問はず、敬語の見るべきものは少なく、わが国に於ては、敬語は特に古くより組織的に発達して、よく恭敬の精神を表しており、敬語の発達につれて主語を表さないことも多くなって来ました。

この恭敬の精神は、昔より皇室を中心とし、至尊に対し奉って己を空しくする心です。
おおやけに対するにわたくしの語を以て自称とし、古くから用いられる「たまふ」、或は「はべる」「さぶらふ」等の動詞を崇敬・敬譲の助動詞に転じて用いるのがこれです。

この「さぶらふ」「さむらふ」といふ文字から武士の意味の「侍」の語が出たのであり、書簡文に於ける候文の発達となりました。

今日用いられている「御座います」も同様に、高貴なる座としての「御座ある」と、「いらっしゃる」「御出でになる」という意味の「います」から来た「ます」とからなっているのです。

 次に風俗・習慣に於ても、わが国民性の特色たる敬神・尊皇・没我・和等の精神を見ることが出来ます。

平素の食事も御飯を戴くといい、初穂を神に捧げ、先づ祖先の霊前に供えた後、一家の者がこれを祝うのは、食物は神より賜わったものであり、それを戴くという心持を示しています。

新年の行事に松で門松を立て、若水を使い、雑煮を祝うところにも、遠い祖先からの伝統生活があります。
賀詞を述べて齢を祝うのは、古イニシエに於ては、氏上が聖寿を祝い奉る寿詞の精神につながるものであり、万歳の称呼なども同じ意味の祝言です。

 鎮守はもとより氏神様というのは、大体に於て産土ウブスナの神と考えますが、地方的な団体生活の中心をなして今日に及んでいます。

今日の彼岸会や孟蘭盆会ウラボンエの行事は、仏教のそれと民俗信仰と合したものと思われ、鎮守の杜モリや寺の境内で行われる盆踊りについて見ても、農村娯楽の間にこの両系統の信仰の融合統一が見られます。

農事に関しては、豊年を祝う心、和合共栄の精神、祖先崇拝の現れ等を窺うことが出来、同時にわが舞踊に多い輪踊りの形式にも、中心に向って統一する没我的な特色が出ていて、西洋の民族舞踊に多い男女対偶の形式に相対しています。

子供が生まれた時、お宮参りをさせる風習が広く行われていますが、これには氏神に対する古イニシエからの心持が現れています。

 年中行事には節供のようなものがあり、自然との関係、外来文化の融合調和等が見られますが、更に有職故実等に及んでは、その形の奥に汲み出される伝統精神を見逃すことは出来ません。

年中行事には、既に挙げたように氏族生活の俤オモカゲを留めるものもあれば、宮廷生活の間から生まれたものもあり、又武家時代に儀式として定められたものもあります。いづれもその底にはわが伝統の精神が輝いています。

雛祭は、最初は祓いの行事を主体とし、平安時代の貴族の生活に入って、ひいなの遊びとなり、娯タノしみと躾シツけとを併せた儀式的な行事となりました。
更にそれが江戸時代になっては、内裏雛ダイリビナを飾り、皇室崇敬の心を託することになりました。

   〜〜漢字の読みと意味〜〜

卓爾 タクジ/秀れたさま
八紘 ハッコウ/四方と四隅、八方、天下、全世界
蓋し ケダし/思うに、考えてみるに
膾炙 カイシャ/広く知れ渡っているさま
唐土人 モロコシビト/中国人
高麗人 コマビト朝鮮人
巍々 ギギ/山などの高く大きいさま、徳の高く尊いさま
聳え ソビえ
大瀛 ダイエイ/大海、大海原
八州 ヤシマ/神話に基づく日本の美称。イザナギ•イザナミのニ神の国生みによって生じた八つの島をいう、「八」は多数の意で、「多くの島」を意味する
儔し難し チュウしガタし
「国祚之永命を祈り、紫極之靖鎮を護り」
国祚 コクソ/国のさかえ、国のさいわい
紫極之靖鎮 シキョクノセイチン/天皇のおられる所を安らかに鎮るように護る
 ジク/舟首、舳先へさき
 トモ/舟の後部、舟尾
焼鎌の敏鎌 ヤイガマのトガマ/よく切れる鎌
八百会 ヤオアイ/数多くのものが集まること
気吹戸主神 イブキドヌシノカミ/海原に強風を生み出し罪穢を吹き払う神
寿詞 ジュシ/祝いの意を述べた詩
禊祓い ミソギハラい
屡々/しばしば
/おもかげ
有職故実 ユウソクコジツ/古来の先例に基づいた朝廷や公家•武家の行事や法令・制度•風俗•習慣•官職•儀式•装束などのこと。
内裏雛 ダイリビナ/天皇・皇后の姿に似せて作った男女一対のひな人形

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