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13) 結語

    西洋思想の特質
    東洋思想の特質
    新日本文化の創造
    諸般の刷新
    われらの使命

 結語の章は、わが国体との対比から東洋思想
西洋思想をよく分析してどのように捉え現実に
対処してゆくべきか、その指針を与えてくれます。 結語の章を掲載します。


       【 口語訳 】

 我らは、以上わが国体の本義とその国史に顕現する姿とを考察して来ました。
今や我ら皇国臣民は、現下の諸問題に対して如何なる覚悟と態度とをもつべきでしょうか。
先づ努むべきは、国体の本義に基づいて諸問題の起因をなす外来文化を純化し、新日本文化を創造する事業です。

 わが国に輸入された各種の外来思想は、中国•
インド•欧米の民族性や歴史性に由来する点に
於て、それらの国々に於ては当然のものであったにしても、特殊な国体をもつわが国に於ては、
それがわが国体に適するか否かが先づ厳正に批判検討されねばなりません。

即ちこの自覚とそれに伴う純化によって、初めてわが国として特色ある新文化の創造が期し得られます。


《西洋思想の特質》

 ◆西洋思想は、その源をギリシヤ思想に発しています。
 ギリシヤ思想は、主知的精神を基調とするものであり、合理的・客観的・観想的なることを特徴とします。

 そこには、都市を中心として文化が創造され、
人類史上稀に見る哲学・芸術等を遺しましたが
末期に至ってはその思想及び生活に於て、漸次に個人主義的傾向を生じました。

そしてローマは、このギリシヤ思想を法律・政治その他の実際的方面に継承し発展せしめると同時に、超国家的なキリスト教を採用しました。

◆欧米諸国の近世思想は、一面にはギリシヤ思想を復活し、中世期の宗教的圧迫と封建的専制とに反抗し、個人の解放、その自由の獲得を主張し、天国を地上に将来しようとする意図に発足したものであり、他面には、中世期の超国家的な普遍性と真理性とを尊重する思想を継承し、しかもこれを地上の実証に求めんとするところから出発しました。

このため自然科学を発達させると共に、教育学問政治・経済等の各方面に於て個人主義•自由主義・合理主義を主流として、そこに世界史的に特色ある近代文化の著しい発展を齎しました。

●抑々人間は現実的の存在であると共に、
    永遠なるものに連なる歴史的存在です。
又、我であると同時に同胞たる存在です。
即ち国民精神により歴史に基づいてその存在が
規定されます。これが人間存在の根本性格です。
この具体的な国民としての存在を失わず、そのまま個人として存在するところに深い意義が見出されます。

◆然るに、個人主義的な人間解釈は、個人としての一面のみを抽象して、その国民性と歴史性とを無視します。
従って全体性・具体性を失い人間存立の真実を
逸脱し、その理論は現実より遊離して、種々の
誤った傾向に走ります。

ここに個人主義・自由主義とその発展たる種々の思想の根本的なる過誤があります。

 今や西洋諸国に於ては、この誤謬を自覚し、
これを超克するために種々の思想や運動が起こりました。
しかしこれらも結局、個人の単なる集合を以て
団体や階級とするか、または抽象的の国家を観念するに終るのであって、これらは誤謬に代わるに誤謬を以てするに止どまり、決して真実の打開
解決ではありません。


《東洋思想の特質》

 わが国に輸入された支那思想は、主として
儒教と老荘思想とでした。
儒教は実践的な道として優れた内容をもち、
頗スコブる価値ある教えです。

◆しかしを以て教の根本としていますが、
それは支那に於て家族を中心として道が立てられているからです。
 このは実行的な特色をもっていますが、
わが国のように忠孝一本の国家的道徳として
完成されていません。

家族的道徳を以て国家的道徳の基礎とし、忠臣は孝子の門より出づるとも言ってますが、支那には易姓革命・禅譲放伐が行われているから、その
忠孝は歴史的・具体的な永遠の国家の道徳とはなり得ません。

(易姓革命) 中国古来の政治思想。
天は徳の高い者を天子として万民を治めさせ、
子孫相継ぐがもしその家(=姓)に不徳の者が
出た場合は、その命をあらためて(=革)
別の家の者に変える(=易)とする。

(禅譲放伐) 「禅譲」は君主が徳の高い人物に帝位を譲ること。「放伐」は悪逆で帝位にふさわしくない君主を有徳の人物が討伐すること。

老荘は、人為を捨てて自然に帰り、無為を以て
化する境涯を理想とし、結局その道は文化を否定する抽象的なものとなり、具体的な歴史的基礎の上に立たずして個人主義に陥りました。
その末流は竹林の七賢の如く、世間を離れて孤独を守ろうとする傾向を示し、清談独善の徒となりました。

要するに儒教も老荘思想も、歴史的に発展する
具体的国家の基礎
をもたざる点に於て、個人主義的傾向に陥るものと言えます。

●しかしそれらがわが国に摂取せられるに及んでは、個人主義的・革命的要素は脱落し、殊に儒教はわが国体に醇化されて日本儒教の建設となり、国民道徳の発達に寄与することが大でした。

印度に於ける仏教は、行的・直観的な方面も
ありますが、観想的・非現実的な民族性から創造されたものであって、冥想的・非歴史的・超国家的なものです。

しかしわが国に摂取されるに及んでは、国民精神に純化され、現実的・具体的な性格を得て、国本培養に貢献するところが多かったのです。


《新日本文化の創造》
 これを要するに、西洋の学問や思想の長所が
分析的・知的であるに対して、東洋の学問思想は、直観的・行的であることを特色とします。

それは民族と歴史との相違から起る必然的傾向ですが、これをわが国の精神・思想並びに生活と比較する時は、尚そこに大なる根本的の差異を認めざるを得ません。

●わが国は、従来支那思想・印度思想等を輸入し
よくこれを摂取純化して皇道の羽翼とし、
国体に基づく独自の文化を建設し得ました。

🔵明治維新以来、西洋文化は滔々として流入し
著しくわが国運の隆昌に貢献するところがありましたが、その◆個人主義的性格は、わが国民生活の各方面に亙って種々の弊害を醸し、思想の動揺を生ずるに至りました。

しかし今や、この西洋思想をわが国体に基づいて純化し、以て宏大なる新日本文化を建設し、これを契機として国家的大発展をなすべき時に際会しています。

 ●西洋文化の摂取純化に当っては、先づ西洋の文物思想の本質を究明することを必要とします。これなくして国体の明徴は、現実を離れた抽象的のものとなるでしょう。

西洋近代文化の顕著なる特色は、実証性を基とする自然科学とその結果たる物質文化の華かな発達にあります。更に精神科学の方面に於ても、その精密性と論理的組織性とが見られ、特色ある文化を形成しています。
わが国は益々これらの諸学を輸入して、
文化の向上、国家の発展を期せねばなりません。

◆しかしながらこれらの学的体系・方法及び技術は、西洋に於ける民族・歴史・風土の特性より
来る西洋独自の人生観・世界観によって裏付けられています。

 それ故にわが国にこれを輸入するに際しては、
十分この点に留意し、深くその本質を徹見し、
透徹した見識の下によくその長所を採用し
短所を捨てなければなりません。

《諸般の刷新》

 明治以来のわが国の傾向を見るに、伝統精神を棄てて全く西洋思想に没入したものがあり、或は歴史的な信念を維持しながら西洋の学術理論に関して十分な批判を加えず、そのままこれを踏襲して二元的な思想に陥り、しかもこれを意識せざるものがあります。

また著しく西洋思想の影響を受けた知識階級と
一般の者とは相当な思想的懸隔ケンカクを来しています。こうした情態から種々の困難な問題が発生しました。

かつて流行した共産主義運動、或は最近に於ける天皇機関説の問題などが、往々にして一部の学者
知識階級の問題であったのはよくこの間の消息を物語っています。

今や共産主義は衰頽し、機関説が打破られたように見えても、それはまだ決して根本的に解決されていません。

各方面に於ける西洋思想の本質の究明とその国体による醇化とが、今一段の進展を見ざる限り
真の成果を挙げる事は困難でしょう。

 思うに西洋の思想・学問について、一般に極端なるもの、例へば共産主義・無政府主義のなどは、何人も容易にわが国体と相容れぬものであることに気づきますが、極端ならざるもの、例へば ◆民主主義・自由主義等については、果してそれがわが国体と合致するや否やについては多くの注意を払いません。

◆よくよく如何にして近代西洋思想が民主主義
社会主義・共産主義・無政府主義等を生んだかを考察するに、先に述べたように、そこにはすべての思想の基礎となっている歴史的背景があり、
しかもその根柢には個人主義的人生観があることを知ります。

 🔵西洋近代文化の根本性格は、個人を以て
絶対独立自存の存在とし、一切の文化はこの個人の充実に存し、個人が一切価値の創造者・決定者であるとするところにあります。
従って個人の主観的思考を重んじ、個人の脳裡に描くところの観念によってのみ国家を考え諸般の制度を企画し、理論を構成しようとします。

 こうして作られた西洋の国家学説・政治思想は多くは国家以て個人を生み、個人を超えた主体的な存在とせず、個人の利益保護、幸福増進の手段と考え、自由・平等・独立の個人を中心とする生活原理の表現となりました。

従ってほしいままな自由解放のみを求め、奉仕という道徳的自由を忘れた謬アヤマれる自由主義や民主主義が発生しました。

◆この個人主義とこれに伴ふ抽象的思想の発展するところ、必然に具体的・歴史的な国家生活は
抽象的論理の陰に見失われ、いづれの国家も国民も、一様に国家一般•人間一般として考えられ、
具体的な各国家とその特性よりも、世界一体の
国際社会•世界全体に通じる普遍的理論が重んぜられ、遂には国際法が国法よりも高次の規範であり高き価値をもち、国法はむしろこれに従属するものとする、誤った考えすら発生するに至りました。

 🔷個人の自由な営利活動の結果に対して、
国家の繁栄を期待するところに、西洋に於ける
近代自由主義経済の発端があります。

西洋に発達した近代の産業組織がわが国に輸入された場合も、国利民福という精神が強く人心を
支配していた間は、個人の溌剌たる自由活動は
著しく国富の増進に寄与しましたが、その後
個人主義•自由主義思想の普及と共に、経済運営に於て利己主義が公然正当化される傾向を馴致ジュンチするに至りました。

◆この傾向は貧富の懸隔の問題を発生せしめ、
遂に階級的対立闘争の思想を生み出す原因となり
更に共産主義が侵入すると、経済を政治道徳その他百般の文化の根本と見ると共に、階級闘争を
通じてのみ理想的社会を実現し得ると考える
妄想を生ぜしめました。

利己主義階級闘争がわが国体に反することは
説くまでもありません。

●皇運扶翼の精神の下に、国民各々が進んで生業に競い励み、各人の活動が統一され、秩序づけられるところに於てこそ、国利と民福は一つとなって、健全なる国民経済が進展し得るのです。

 教育についてもまた同様です。
明治維新以後、わが国は進歩した欧米諸国の教育を参酌サンシャクして、教育制度・教授内容等の整備に努め、又自然科学はもとより精神諸科学の方面に於ても大いに西洋の学術を輸入し以てわが国の
学問の進歩と国民教育の普及とを図って来ました。

「五箇条の御誓文」を奉体して旧来の陋習ロウシュウを破り、智識を世界に求めた進取の精神は、この
方面にもまた長足の進歩を促し、その成果は極めて大なるものがありました。


◆しかしそれと同時に個人主義思想の浸潤によって、学問も教育も動もすれば普遍的真理というような抽象的なもののみを目標として、理智のみの世界、歴史と具体的生活とを離れた世界に走らんとし、智育も徳育も知らず識らず抽象化された
人間の自由・個人の完成を目的とする傾向を生ずるに至りました。
それと同時に又それらの学問•教育が、分化し
専門化して綜合統一を欠き具体性を失う
に至りました。

●この傾向を是正するには、わが国教育の淵源エンゲンたる国体の真義を明らかにし、個人主義思想と抽象的思考との清算に努力する外はありません。


🔷このように教育・学問・政治・経済等の
諸分野に亙って浸潤している西洋近代思想の
帰するところは、結局個人主義です。

しかし個人主義文化が個人の価値を自覚させ
個人能力の発揚を促したことは、その功績といわねばなりません。

◆けれども西洋の現実が示すように、個人主義は結局、個人と個人や階級間の対立を惹起して国家生活・社会生活の中に幾多の問題と動揺とを醸成します。
今や西洋に於ても、個人主義を是正するため幾多の運動が表れています。
市民的個人主義に対する階級的個人主義たる
社会主義・共産主義もこれであり、又国家主養民族主義たる最近のファッショ・ナチス等の思想運動もこれです。

 わが国に於て、真に個人主義の齎した欠陥
是正しその行詰りを打開するには、西洋の
社会主義や抽象的全体主義などをそのまま輸入
して、その思想・企画等を模倣したり機械的に
西洋文化を排除することを以てしては全く不可能です。

《われらの使命》
 ●今やわが国民の使命は、国体を基として
西洋文化を摂取醇化し、以て新しき日本文化を
創造し、進んで世界文化の進展に貢献することにあります。

わが国は支那・印度の文化を輸入し、しかもよく独自な創造と発展とをなし遂げました。
これ正にわが国体の深遠宏大の致すところであって、これを承け継ぐ国民の歴史的使命はまことに重大です。

●現下国体明徴の声は極めて高いのですが、それは必ず西洋の思想・文化の醇化を契機として成されるべきで、これなくしては国体の明徴は現実と遊離する抽象的のものとなり易い…即ち
西洋思想の摂取醇化と国体の明徴とは相離るべからざる関係にあります。

 世界文化に対する過去の日本人の態度は、
自主的にしてしかも包容的でした。
われらが世界に貢献することは、日本人としての道を益々発揮することによってのみ成されます。

国民は、国家の大本としての不易な国体と、古今に一貫し中外に施して悖モトらざる皇国の道とによって、新たなる日本を益々生成発展させ、以て弥々天壌無窮の皇運を扶翼し奉らねばなりません。これ、われら国民の使命です。


(奥付)
昭和十二年五月二十九日印刷
昭和十二年五月三十一日発行
昭和十六年五月五日六刷発行(六十三万部)
   文 部 省 編 纂
   内閣印刷局印刷発行
     販売所 内閣印刷局発行課
           東京市麹町区大手町



     〜〜漢字の読みと意味〜〜


醇化 ジュンカ/純化、まじりけのない純粋なものにする、またはなること
主知的精神/知性・理性などの知の機能を、他の感情や意志の機能より上位に置くこと、
㋐認識論で、真理は理性によって合理的に把握されるとする立場。
㋑形而上学で、世界の根本原理を知的・理性的なものとする立場。
㋒倫理学で、行為を律する道徳的原理を知性や理性のうちに求める立場。
㋓心理学で、すべての心理的現象を知的な要素から説明しようとする立場。
合理的/道理や論理に基づいているさま。 無駄を省いて効率よく物事を行なうさま。
客観的/誰が見てももっともだと納得できる考え方をする様子。 個人の考えより、普遍的な妥当性を求められるさま。 主観から独立して存在するさま
観想的/特定の対象に向けて心を集中し、その姿や性質を観察すること
個人主義/権威を否定して個人の権利や自由を尊重する立場、或いは国家や社会の重要性における根拠を個人の尊厳に求め、その権利と義務の発生原理を説く政治思想
自由主義/個人の自由意志を尊重し、自発的活動には可能な限り他からの干渉をしないという主義・思想
畢竟 ヒッキョウ/つまるところ、結局
易姓革命/古代中国において起こった孟子らの儒教に基づく、五行思想などから王朝の交代を正当化する理論
禅譲放伐/古代中国で、王朝が交替するときの二つの方法のこと、「禅譲」は君主が徳の高い人物に帝位を譲ること、「放伐」は悪逆で帝位にふさわしくない君主を有徳の人物が討伐すること
清談独善/世俗的ではない趣味・芸術・学問などの話を独り善がりとするさま、他人のことを考慮せず自分ひとりの考えをよしとし貫こうとするさま
冥想的/目を閉じて深く静かに思いをめぐらすこと
直観的/判断、推理などによらないで、物事を直接的にとらえるさま、直覚的
国本培養/国の基を養うこと
皇道/天皇が行う政治の道
羽翼 ウヨク/助けること、助け
扶翼 フヨク/助けること、助け
懸隔 ケンカク/かけはなれていること
嘗て カツて/今まで一度も、ついぞ
共産主義/財産の共有を目ざす主義、マルクスが唱え出した生産手段の社会的共有により階級や搾取のない、万人の平等を目ざす科学的な社会主義
天皇機関説/国家を統治権の主体とし,天皇は国家の一機関にすぎないとする明治憲法の解釈のこと
無政府主義/一切の権力を否定し、個人とその集団の自由を全く拘束することの無い社会を実現しようと主張する政治思想、アナーキズム
民主主義/人民が主権を持ち、自らの手で、自らのために政治を行う立場。人民が自らの自由と平等を保障する行き方。
自由主義/個人の自由意志を尊重し、自発的活動には可能な限り他からの干渉をしないという
社会主義/生産物・富を民主的に分配するため、生産手段を社会の共有とする制度
濫觴 ランショウ/ものの始まり
国利民福/国の利益と国民の幸福のこと
利己主義/自分の利益や快楽だけを考えて行動するやり方、自分勝手、エゴイズム
馴致 ジュンチ/なれさせること、なじませること、次第にある状態になるようにしむけること参酌 サンシャク/他のものを参考にして長所を取り入れること
淵源 エンゲン/物事のよってきたるもと、みなもと、それをおおもととしていること
国家主養/物事を考え行動する時、国家を優位に置き、国家を中心とする主義
民族主義/自分の属する民族・国家を他から区別して意識し、その統一・独立・発展を志向する思想と運動
ファッショ ファシズム/権力で労働者階級を押さえ、外国に対しては侵略政策をとる独裁制。イタリアのファシスト党の活動から起こる
ナチス/ヒトラーを党首としたドイツのファシスト政党
全体主義/個人の自由や社会集団の自律性を認めず、個人の権利や利益を国家全体の利害と一致するように統制を行う思想または政治体制、対義語は個人主義
天壌無窮の皇運/永遠に尽きることないスメラ国の栄え


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