When I Get To The Border/Richard &Linda Thompson

 リチャード&リンダ・トンプソン1974年の名作『I Want To See The Bright Lights Tonight』の冒頭1曲目が「When I Get To The Border」。過剰さを避け、削ぎ落とされたシンプルなフォークロックのベーシックに、ダルシマーやクルムホルン等の古楽の楽器が美しく彩りを添える。リチャード・トンプソンという人は、ここ日本ではどちらかと言えばシンガー=ソングライターというよりもギタリストとしての評価が勝っている様に思うけど、シグネイチャートーンを獲得出来たギタリスト自体が稀有な存在な訳だから、それも宜なる事かな。リチャードのエレクトリックギターは今にも曇天の英国の空を切り裂いてしまいそう。この曲を聴いて、今にも雨が降り出しそうな空模様を思い浮かべるとき、時に私の涙腺は緩んでしまいそうになるのである。

 歌詞に目を遣ると、ここに登場するのは自分を痛めつけるものから逃れるために、今にも自らの手で自分自身を国境の向こう側へ追いやってしまおう(つまりは黄泉の国へ逃避行したい)という絶望的な決意した男のモノローグ。レトリックを駆使する事を敢えて避けたような、私のプアな英語力でも理解可能なフレーズの連なりから、モノローグする男のバックボーンをプロファイル出来はしまいか。登場する天国のイメージを「天国へ行けばどんなお悩みもさっぱり解決、埃っぽい道からは甘い良い匂いがして、歩道を歩けば足元には黄金が敷き詰められていてさぁ」と強引かつ雑に訳してみれば、ちょっと胡散臭そうな天国が一丁あがり。欧米では文化的バックボーンとしての宗教(つまりはキリスト教)の存在って、我々日本人からすると想像出来ないくらい大きいと言われるけど、後にリチャード・トンプソンはイスラム教へ改宗、そのコミュニティに参加する為に一旦はミュージシャンのキャリアからリタイアしてしまうくらいだから、もしかするとキリスト教をベースとした価値観に対して、この頃から既に、無意識のうちに違和感を感じていたのかも知れない。