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タイム・イズ・ランニング・アウト 〜NRIPS(エヌリプス)特務隊の事件ファイル〜

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第四話

File.0 パラダイム・シフト (2)


 2016年3月。

 程々の成績で入試を突破出来そうな公立高校を志望校として選択した俺は、目論見通り無難に合格を果たした。そして年度替わりの4月を迎える。新たなる環境、悪夢めいた中学時代との決別。


 高校生となった俺は、3年前の苦い経験が見に染みていた為か、やはり自分から積極的に同級生に対して友好関係を築いていこうという気にはなれなかった。それでも、やはりそんな自分に対してでも声を掛けてくれる物好きな「陽キャ」は存在する訳で。


(わざわざ自分からクラス内で孤立する、というチョイスをする必要も無いよな。気が合いそうな話し相手が何人か居れば、学校生活が多少は気楽になるかも)


 こう考えた俺は、そんな「フレンドリー」な人達に対して、無視を決め込むような馬鹿な真似はしなかった。当たり障りの無い範囲内でお互いに自己紹介、そうやってごく自然に構築されていく人間関係。新学期直後、日々の挨拶を交わしつつ時事ネタや軽い冗談・やがて教師達の評判などを言い合うような友人も増えてきた。

 中学時代からはまるで想像出来ないような、ごく一般的な高校生活のスタート。とても楽しい毎日だった。いつしか、自身の苗字の「新谷」を音読みした「ニーヤ」という名称が、俺のあだ名となっていた。


(そうだよ、母の事さえ伏せていれば何も問題ないじゃないか)


        ☆


 入学してから1ヶ月半程経った5月末。いつも通りのバス通学、朝の登校途中。

 学校最寄りのバス停で下車し、校門まであと100メートル程に近付いたので、MP3ウォークマンのイヤホン(校内でのスマホや音楽プレイヤー類の使用は禁止されていた)を外した直後のことだった。


「へぇ〜、ユニゾン(注:UNIZON SQUARE GARDEN、邦楽ロックバンドの事)聴くんだー?アニメの主題歌で有名になった、あの曲とかカッコ良いよね!ニーヤ君はどの曲が好きなの?」


 唐突に、女の子から、こう声を掛けられた。ほんのりと茶色がかった髪色のショートボブで、パッチリとした黒眼の整った顔立ち。

(、、、ウチのクラスの子じゃないな、誰だ?)

 そのハキハキとした口調からは、何か運動系の部活動に入っていそうな印象の、明るく可愛い子だった。


 つい先程までリピート再生で聴いていた曲・『センチメンタルピリオド』のバンド名を正確に言い当てられたという事は、、、

 今朝のどこかのタイミングで、曲名/アーティスト名が表示されるディスプレイ画面を見られたのか?バスの車内?あ、もしかしたら。楽曲再生時の音量が大きすぎて、周辺に漏れ聞こえてしまってたのかも?


(何?俺?人違いじゃ、、、いや、さっきニーヤって言ったよな、間違いなく)


 予期せぬ出来事に対処しようと、様々な情報処理にフル回転する俺の脳みそ。その影響なのか、無意識のうちに歩行のリズムをストップさせてしまっていた自分。声を掛けてきた女の子も同様に立ち止まっている。鼻歌で「その曲」のサビを口ずさみながら。

(カ、カワイイ!)

 印象的なメロディライン。何の曲を歌っているのかは直ぐに分かった。


 戸惑いつつも漸く状況が整理できた俺は、恐らくはUSG(=ユニゾンの事。バンド名の略。)に目が無いであろう目の前の彼女にこう返答した。「えっ?あ、えーと、『オリオンをなぞる』ですよね、タイバニの(注:『Tiger & Bunny』、日本のアニメの事)。カッコ良くて俺も好きです、良い曲ですよね。えーあの、ところで、どちら様でしょうか?」


「あ、ゴメンなさーい!つい尋ねる順番を間違えちゃった、ユニゾンのリスナーが校内に居るのが嬉しくって。アタシの名前は寺ノ内 千佳(てらのうち ちか)、2年B組よ。初めまして、ニーヤ君、じゃなかった、シンタニ君」


 寺ノ内と名乗った女の子は、照れ隠しなのか自分の頭を軽くポーンと一度叩いてから、そう言って俺の問い掛けに答えた。はにかんだ笑顔がこれまた反則レベルで可愛いかった。


「一個上の先輩?どうりで会った覚えが無いハズです。自分は新谷 隼人と言います。1年C組、帰宅部です。初めてまして、です。先輩」

 まさか見ず知らずの上級生、しかも女の先輩からいきなり声を掛けられるなど想像もしていなかった俺は、緊張しつつもそう簡潔に自己紹介を済ませた。


「あなたの事は、部活の後輩からウワサを聞いたの。『ウチのクラスの男子で、UNIZON SQUARE GARDENの事を熱く語ってた子がいましたよ!』ってね。で、ユニゾン大ファンのアタシからすれば、もう、それがどんな人なのか、気になって気になって仕方なかった訳。知り合いになれて嬉しいわ、ニーヤ君。もう苗字じゃなくて、あだ名で呼んでも良いわよね、ニーヤ君?」

 寺ノ内 千佳は、一気にまくし立ててそう言った。

「も、勿論オッケーです、先輩」動揺を隠し切れないままに短く回答する俺。

(ああ、そう言われてみれば。ちょっと前の昼休みに、クラスの連中と好きなバンドの話で盛り上がった事があったっけ。スリーピースバンドの凄みとカッコ良さを熱弁した気がする。その時にユニゾンの名前を出したのかも)


 後に判明するのだが、寺ノ内先輩は女子バレーボール部に所属しており、今年の新入部員に俺と同じクラスの子がいたとの事。彼女は先輩の立場を利用して、USG教の「熱心な布教活動」を部活の後輩にもおこなっていたのだった。同時に、自身への速やかな「信者発見時の報告義務」も求めつつ。


(きっとその時の事を誰かが、この寺ノ内先輩に伝えたに違いない)


「ふふ、良かった。改めてこれから宜しくね、今度LINE交換しよっ。そんでもってユニゾン談義ね!アタシの事は、チカ先輩って呼んでくれたら嬉しいかな。後輩はみんなそう呼んでるから。それじゃニーヤ君、またね」


二人で校門をくぐり抜けた後。校舎入り口が近づいてきたタイミングで寺ノ内先輩はそう言い残し、俺に向けて軽くバイバイの仕草をしながら、校内へと慌ただしく駆け込んで行った。


 俺は暫しの間、呆然と。

 昔話の絵本でよく見るような、狐に化かされた村人がその間抜けな面構えを晒したかの如き表情のままで歩き続けていた。


(嘘、、、だろ?こんな事があるのか??

 わー、ヤバい。しかもスゲー可愛い先輩だったし!ヤバい、ヤバい!!!)


 程なくして校舎内へ。努めて冷静に、いつも通りに、俺は下駄箱に脱いだ靴を入れ上履きへと履き替える、のだが。。。

 あまりにも激しくドクンドクンと脈打つ自分の心臓の鼓動が、周りの誰かに筒抜けになっているのでは?と俺は不安で不安で仕方がなかった。その心配は教室へと辿り着いた後でも暫く続くことに。


 紛う事無くそれは。

 物心ついてからの、俺にとっては初めての、一目惚れの瞬間、というヤツだった。


        ☆

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