『ウーリーと黒い獣たち』スピンオフ#ボーチャの店
「前々から気になってたんですけど、アレは製薬会社のキャラクターですよね?」
片手(足?)をあげてニッコリ顔の仔象(店頭用特大フィギュア)を、指差して保健所の職員がボーチャに尋ねる。
「かわいいやろ? うちの常連さんに貰たんですわ」
いつも親子ぐるみで親しくしているラブコが、ショナーン国へバナンナの実の行商に出かけた際に見つけたと、ボーチャへお土産として持って来た。
「貰い物? 店先に飾ってたらお薬の販売してると誤解されますよ?」
職員はじろりとボーチャを一瞥し、店内へ入ると今度は鼻をくんくんと動かした。
「まぁ、あっしが頭痛持ちやから、たまにノーシンやけど~言うて出したりするけどな」
「は? ダメですよ! 売ったら!」
鼻をくんくん動かしていた職員は顔色を変えてボーチャを睨む。
「売ってへんて~。あっしのをちょっと分けたげるだけやんか」
ターリキィ国に小売店は数々あれど、これほど保健所に目をつけられて年に何度も立ち入り検査を受けるのはベシャリ屋くらいなものである。
理由は幾つかあるのだが、その一つは『何を売っているのか、不透明で違法の可能性がある』ということだ。
ベシャリ屋の業種は『小売業』、取り扱い商品は『雑貨、日用品』である。
なのに、店内には明らかにここで使われている状態の数脚の椅子とテーブルが並んでいたり、使いかけの卓上醤油やポン酢がそこに常置してある。
そして今日もまた、ソースの香ばしい匂いが店中に漂っている。
「調理されたものを出すのなら、製造許可や飲食店申請をする必要があると何度もお伝えしてますよね?」
すっかり顔馴染みになってしまっている保健所職員はため息を漏らしながら言う。
そもそも保健所に目をつけられたきっかけは、ラブコの長女ユッキーがボーチャの店からホカホカのタコ焼きを嬉しそうに持って出て来るのを目撃されたからだった。
「それは何ですか?」と職員に声を掛けられたユッキーはいつもの調子で「ヤッホ~♪」と満面の笑顔でスルーしてしまった。
「いやいや、だからそれは誤解やねんて!」
ベシャリ屋のおかみボーチャは大きく手を振って笑う。
「じゃあ、このソースの匂いは何なんですか? たった今、熱々の何かにかつお節と一緒にたっぷりかけたようなこの香ばしい匂いは!」
「たまたまお昼に焼いたん、ちょっと持って帰りぃゆうてお客さんにおすそ分けしただけやん! 代金貰ぅてへんねんから!」
「毎回、こちらへ来るたびに同じことおっしゃってますよ? それって、たまたまって言いませんよ!」
「あーもぅほんま、うっとおしいわ~」
「何ですか! うっとおしいって!」
ムキになって声を荒げる職員を見てボーチャはゲラゲラ笑う。
「まぁまぁ、ちょっと何か飲みぃ。そんだけ声張り上げてたら喉乾くやろ」
ボーチャは肘をついて自分の身体を寄りかからせていた、自分の腰より少し高いショーケースの冷蔵庫(横開きタイプ)を開ける。
「何がええ? ファンタならグレープかオレンジやし、カルピスや炭酸もあるで?」
冷蔵庫に並んだ瓶のボトルを指差して、ショーケースに吊り下げた栓抜きを手に取る。
「ほら! それですよ! それ!」
きょとんとして手を止めるボーチャに職員は目尻を吊り上げる。
「あのね、小売業なんですから、店内で栓を抜いて飲んでもらうとか、ダメなんです!」
「なら、店の外に出て飲んだらええやん?」
「店の外と内と私が言ってる意味、わかってらっしゃいます⁉」
「福はぁうちぃ、鬼はぁ外ぉ~、言うて豆撒いてみよか? って、節分かいな! ガハハハハハハ!」
ボーチャは自分で言って腹を抱えて笑う。
こうしていつもボーチャのペースに乗せられて無駄に時間は過ぎ、今日も保健所職員の訪問は徒労に終わる。
ここに来る客はさまざまなニーズを持ってやって来る。
しかし、彼らの共通項は概ね『時間空いたから何かちょっと喋りたい』ということだ。
「あっしはお客さんのニーズに応えたいだけやねん」
だから、客が小腹が空いたといえば奥のキッチンからタコ焼きも持って出て来るし、売っているファンタの栓も抜く。
もともと雑貨屋だから、軍手やパンツのゴム紐も置いてあるし、クジ付きの駄菓子なんかも並んでいる。
『清楚~』と啼く鳩時計なんていう珍品も独自の流通ルートで取り寄せる。
ただ、終始喋りまくっているので、客も何を買いに来たのか忘れることもしばしば。
ボーチャもボーチャで、代金を貰い忘れることも多い。
『ボーチャの店は油を売っている』
そう揶揄して笑う輩がいるのも確か。
「ええねんええねん、お客さんが満足して、あっしも楽しかったらええねん」と笑うボーチャ。
店は万年赤字経営だが、ボーチャの店は何も困っていない。
プロットはこちらです ↓
ベシャリ屋が保健所に目を付けられることになってしまったきっかけ ↓
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